痛みも苦しみも共有したいと願うのは
愚かな事なのだろうか?

星の軌道を読むように
心の起動も読めればいいのに…と…
見上げる星は偽りでも
願わずにはいられなかった











真壁一騎が島に帰って来て数日。
帰って来たその時から、そしてその後も、色々あったけれど…。
束の間の平和と、取り戻した日常に心からの安堵を感じていた。
ここは『還りたい』と初めて自分で願った場所だから。


 







「一騎!」
訓練を終え、足早に帰宅する途中。不意に呼び止めたのは聞きなれた声。
あんなにイヤだと思っていたのに、気付けば見慣れてしまった灰色の廊下を振り返れば、そこには予想を裏切らない姿があった。
「総士…何?」
「…いや。今、時間あるか?」
何時にもまして言葉少ない相手に、何だろう?と、一騎はいぶかしむ。
自分とは違い、完璧だと思い込んでいた相手。
幼馴染である皆城総士が、実は限りなく不器用だと知ったのは、ほんの数日前。
思わず…視線で追いかけてみれば。言葉が少ないのも。フォローしないのも、任務一筋すぎて…自分が相手にどう思われるか。それすら頭にないからだと何となく気付いた。
「今日。父さん帰るの遅いらしいから」
言外に時間はある。と、続けて…視線を合わせれば。僅かに緩む色素の薄い瞳に思わず苦笑がもれた。


『…お前…ホントに不器用なのな…』

先日…思わず声にした呟きは、日々確信になりつつある。
いつも視線を逸らし、相手の表情をみていなかった為に気付かなかった表情の変化。
気付けば気付くほど、本当に自分は…何も見ていなかったのだと。知ろうとしていなかったのだと…改めて実感するのだった。
「そうか…あのな。一騎…」
「初めまして。一騎」
言いにくそうに切り出した総士の言葉を遮り。後ろからちょこんと小さな…顔が覗く。
「…え?」
少し高めの…子ども特有の声。
「ちゃんと…前に出て挨拶すれば良いだろう?」
しょうがないな。と苦笑しつつ、長い黒髪を揺らした少女を自分の体の前に出す総士は…一騎が今まで見た事も無い優しい表情で。知らない筈なのに見知った少女と、知っているのに知らない表情を浮かべた幼馴染の姿が一騎に混乱を呼ぶ。
「そっか。そうだね」
にっこりと。
総士の胸のあたり。一騎の視線を少し下げた高さ――から満面の笑みで見つめてくるのは、服こそ違えど。確かにモルドヴァでフェストゥムと戦った時、マークザインのコックピットで出会った少女だった。
あの時、彼女が見せてくれた過去は。忘れていた事実を、総士の本音を教えてくれて…。
だから自分は今、此処にいる…の、だけれども。

「…どうして此処…に?」
確かにあの時が初対面の筈だけれど。知っているような気もした。
まさか島で出会うとは思わなかったけれど…、実は忘れているだけで島の住人だったのだろうか?と。
何処であったのだろうか…と、一騎は思考を巡らせる。
そんな一騎に追い討ちをかけるかのように、ふわりと髪をゆらして首を傾げた少女は。かわいらしい笑顔のままで更なる爆弾を投下する。
「こうして会えて…嬉しいな。
 前は直接話したりできなかったから」
今度、また追いかけっこしてくれる?
さらりと続けられた内容に思い出すのは、呼ばれるように入り込んだ部屋に存在した少女。
「そっか…君は……」
燃えるような緋色に包まれた…。


「皆城 乙姫…。僕の妹だ」
「そうだったのか。
 って、え…えええええっ!」

さらりと告げられら事実。
確かに…他人と言うには似すぎた二人の造作は…もしや。と、思わせるものだったけれど。
全てを同時に告げられた一騎は、叫んだまま呆然となり。
二人に挟まれ。固まった二人の姿に飽きた乙姫が「二人とも…面白い?」と、突っ込むまで見つめ合ったままだった。
「相変わらず…何も無いんだな…」
あの後、時間があるのなら。と、呼ばれた総士の部屋は相変わらず殺風景だった。
綺麗だとか整頓されて居るだとかとは違う。生活感の無い部屋は、一騎ならば逆に息が詰まりそうになるのだけれど。
総士は気にしていないのだろうか?
ふと疑問が浮かぶが、困ったように「そんなに変か?」と、聞き返されれば。考えるだけ無駄だったと、微妙な脱力感に支配される。

「ね。総士…これ読んで」
困ったような総士と、どうしたものかと伺う一騎。
沈黙のまま向かい合う二人の間に、何処から持ち出したのか乙姫が本を差し出す。
「え?」
差し出された本。
それを受け取った総士は、確認するように表紙を見て、驚いたように目を見開く。
「まだ、家にあったんだな…これ…」
かわいらしい絵の描かれた厚い表紙。
「…これ、俺も見覚えある」
悪い竜を、お姫様の協力を得た主人公が倒す。そんなありきたりの話だが、まだ二人が子どもの頃、総士の母親が読んでくれた絵本だった。
「子どもは寝る前に、本を読んもらったりするんでしょ?
 だから読んで欲しいな」
懐かしい表紙に昔話に花が咲きだしそうな二人に対し、乙姫は駄々をこねる子どものような口調で告げる。
それは普段の彼女の言い様とは全く違うけれど、彼女なりの甘えかたなのだろうと感じられて。
総士と一騎はしょうがないな、と微笑んで少女を真中にソファーに座り込んだ。


幸せな時間は長く続かない。
もしくは、幸せであればあるほど短く感じるだけなのだろうか?


きらきらと見上げてくる、乙姫の大きな瞳に目を細めつつ。
これもこれもと本を出してくる少女に付き合い、総士と一騎は交互に読んで聞かせる。
先は?とか、ここはこうだろう。とか。
総士の読み方は淡々としすぎてるだの、じゃあ一騎はどうなんだとか。
ここがアルヴィスである事を忘れてしまう。場所にそぐわない平和な空気と、時々響く笑い声は…遠い日の平和、そのままで。
だからこのままの時が続くような錯覚に支配される。
そんな事が有る訳が無いと言うのに…。

そして、その瞬間は訪れる。
「…そう…し?」
何冊目の本になった時だっただろうか。
不意に黙りこくった総士に、怪訝に思った一騎が顔を覗きこめば。辛そうに眇められた瞳に、頬を伝う汗が見えた。
「…ぐ…ぅ…」
「総士!」
目に見えて白く変わってゆく顔色。
崩れ落ちていく体を支えようとすれば、差し伸べた手を避けるように身をよじられ。一騎は呆然とする。
「一騎、総士をベッドに寝かせて!」
私、薬取ってくるから。
原因がわかったのだろうか。事態が飲み込めない一騎に、そう指示をだし。素早く立ち上がった乙姫は、ばたばたと隣の部屋に走り去る。
「総士。おい!」
嫌がる体を押さえつけ、無理やり横にする。
掴まれた腕がぎしりと音をたてる程の力をかけられ、悲鳴をあげるが。気にならなかった。
一体何があったのか…普段とはあまりにも違うその姿は、あまりにも痛々しくて…。

「2錠飲ませて!」
まだ自力で歩く事に慣れない・・・もつれる足を何とか駆使し、走ってきた乙姫に感謝しつつ。
手渡される並々と水の注がれたコップと、共に渡されたプラスチックのケースに、一騎の脳裏に先日聞いた言葉が甦る。



『フラッシュバックを抑える為の薬だ。
戦闘中…パイロット達が感じた苦痛が、
戦闘後、僕の体の中で甦る事がある。
それを抑える薬だ』


食いしばる口をこじ開け、飲み込ませた薬。
苦しそうに歪められたままの顔、硬直した体。
悲鳴すらあげず、苦しむ姿。
それがゆっくりとおさまってゆくのを、傍で見つめて一騎は呟く。
「馬鹿だろ…お前…」
掴まれた腕よりも、心が痛かった。
戦闘中の痛みが甦る…。
それが、どういう意味だか…あの時は解らなかった。
アルヴィスで生活するのも、出撃に便利なだけではなく…もしかしたら何かがあった場合、一番都合が良いからなのだろうか?
誰にも知られず、今までもこんな風に苦しんでいたのだろうか?
嫌な想像だけが、思考を支配する。
「不器用じゃない。馬鹿だよ…お前…」
嗚咽が出そうな喉を叱咤し、搾り出すように吐き出した呟き。
「総士は…意地っ張りだから」
応えるように聞こえる、どこか遠く感じる声は、あの時のように心に染み込んで…。
だから一騎が悪いんじゃないよ。
小さく囁いて髪を撫でてくる小さな手が…今は、とても優しかった。


「私…部屋に帰るから…。
 一騎は総士についててあげて?」
千鶴には…私から伝えておくから。
静まり返った部屋。
体温と呼吸の音しか聞こえなくなったその場所から、気をきかせてくれたのだろうか。そう、呟やき部屋を出て行く少女に…感謝する。
気をきかせて…。
そこまで考えて、まさか。と言う思いが一騎によぎる。

「…ありがとう。教えてくれて…」

静かに音をたて、閉じかけた扉に向けてそう声をかける。
もし違ったらどうしようか。そんな思いもあるが…言わずに入られなくて…。
けれど、向けた視線の先。一瞬見開いた瞳が優しく微笑む少女に。自分の予想が間違って居なかった事を確信した。
飛び出した世界…初めてみた、そこが失ったものを持つ竜宮島。
守りたいと、帰りたいと願った島は…人も…空気も…全てが優しくて。
「総士…。
お前だけが苦しまなくたって良いんだ」
そんな小さな楽園を守ろうとする――、今は静かに横たわる存在を…目の前の相手こそ守りたいと一騎は願う。

「…かず…き…?」
吐き出した本音。
それに応えるように、総士の瞼が持ち上がり。色素の薄い瞳が揺らめく。
定めた視線の先、泣きそうに歪めた表情の一騎に苦笑いを浮かべ。…心配するように握られた手を、総士はそっと握り返す。
「悪い…。
 見苦しい姿を見せたな」
何も無かったかのように告げられた内容。
「ふざけるな!」
その声音に、告げられた意味に。一騎は自分の頭にカっと血が上るのを感じ…、激情のままに叫ぶ。
「一騎?」
普段なら絶対にそんな態度をとらない相手の様子に、総士は慌てたように起き上がろうとするが…それすら止められ。縫い付けられた体勢のまま、俯く一騎を覗き込む。
「泣いてるの…か…?」
「違う」
こきざみに揺れる手。ベッドに押し付けるように力を込めた腕から感じる…小さな震えに、一騎が心の内に抑えつけた感情が垣間見られて。

「俺…自分が情けない…」
静まり返った部屋ですら、聞き逃してしまいそうな呟きは。今の二人が置かれた距離故に、総士に届く。
「違うんだ…一騎」
一転、先程とはまるで違う…困ったような。嬉しいような、そんな複雑な響きを持つ声音に、一騎は弾かれるように顔をあげた。
「お前を信用してないとか…
そういうんじゃない」
顔をあげた瞬間、留まっていた涙は頬を伝い。
涙で曇った視界の中。歪んだままの総士は、確かに…困ったような笑顔を浮かべていた。
「お前が…ファフナーに乗るように、
 ジークフリードシステムは、僕にしか動かせない」
僅かに抜けた力。
その手を腕から外し、総士はゆっくりと起き上がる。
「最初から、パイロットの痛みが僕に全て伝わると解っていたら。
 お前達は…いや。
 一騎、お前は戦えたか?」
揺れる視線。
逡巡の後、小さく横に振られた頭。
それを愛しげに見つめ…総士はゆっくりと言い聞かせるように言葉を選ぶ。
「だから、黙っていたんだ。
 お前が悪いとか、そういう訳じゃない」
「だけど」
俺は…。
相手の言葉に納得できず。続けようとした言葉は、頬を伝う涙を拭う暖かな手に遮られる。
続けてそのまま優しく頭を撫でてくる手。
先程、乙姫が一騎がしたように…ゆっくりと動くその動作に、兄妹なんだな…と。妙な感心をする自分に気付いた。
「悪かった…」
「……謝って欲しくない…」
優しい手に、耐え切れずに瞑った目。
相手の困った顔が見えないのを良い事に、一騎は本音を声にする。
「俺たち一緒に戦うんだろ?」
「…ああ」
戸惑うような気配に負けないよう、瞳は閉じたまま…続ける。
それが卑怯だとは、思わなかった。
「だから…今度は隠さないでくれよ…」
「……ああ…」




小さな…小さな、約束。

それは、改めて交わされる絆そのもので…。

二人の距離は、ゆっくりと…

確実に。7年の時を越えて動き出したのだった。








ファフナーオンリーより。
長い間をかけて、閉じてしまった総士の心が少しだけ開かれた瞬間。
2004.11.14発行⇒2004.11.28UP


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