それは蜜の味にも似て



『ちょっと疲れたから休ませてもらうわ』


ヤン、部屋貸して。

そう言い残して、隊列から離れた。
広間から出たすぐ脇にある階段の壁に凭れかかると、リウは深く息を吐く。

ヤンの頼みだからって、ちょっと頑張りすぎたかもしれない。

完璧に許容量オーバー。
まだ書自体にも慣れてもいないのに、全開で力を使ってしまった所為だ。


体はふらふらだし、頭はがんがんするし。
ちょっと熱っぽいかもしれない。

(体力ないもんなー、ただでさえ)

情けねー、と笑う力も出ない。

壁から体を引き剥がして、どうにか部屋に戻ったが掛布を捲る力も残っていなかった。
重力に任せてそのままベットに倒れこむ。


(こんなに頑張っちゃうなんて、らしくねーの)

リウは掛布に隠れた枕の上で顔だけ横向けると、目を閉じる。

あんなに厄介ごとに巻き込まれるのが嫌で、逃げまくってたのに。
今じゃ率先して入り込んでしまっている。

だけど、それが嫌じゃないのが自分の中で一番不思議だった

一なる王の世界・・・、全てがあらかじめ決められている世界。

・・・・・・実は、自分的にはそんな世界もアリかな、と思っていた。
どんな形であれ、戦いや争いがなくなるというのならば。

けれどそんな世界になったら、ヤンは変わってしまうだろう。
あのまっすぐな目だって、きっと濁ってしまう。

『やってみなくちゃ、わかんねぇだろ』

ヤンの口癖だって、オルゴールのように繰り返されるだけじゃ意味が無い。


あの笑顔だから
声だから。

ずっと聞いていたいと思うのだ。


「あぁ、そっか・・・それでオレ・・・柄も無く頑張っちゃってんだなー・・・」


口端が薄っすらと上がる。
そして呟きは、そのまま寝息に変わった。







ふと、気配に目を開くと、灰銀に蒼を薄っすらと溶かし込んだ色に自分の顔が映っている。


「あ、悪ぃ」


その声に、いつの間にか夢も見ず眠っていたことに気付いた。

額に乗せられた手には光の名残。

「・・・あんま、得意じゃねぇんだけど」

星の印。
癒しの力を使ったんだろう。
さっきまで感じていた頭の重さが、随分と楽になっていた。


「・・・なに?元気ねーじゃん」

まだ覚めきらない表情で口を開いたリウに、ヤンは片目だけで笑うと、額に載せた手を動した。

「レン・リィンに怒られた。リウ・シエンを殺す気ですか、って」

ゆっくりと髪を梳かれる感覚が伝わってくる。

「オレもこうなるって・・・わかってた。けどあそこはリウじゃなきゃできねぇって思ったから。
分かってて無理させた」


こういう時、 オパールを思わせる複雑な色合いの銀の瞳は、決して逃げない。

いい訳は決して口にせず、相手の心に全てを委ねる。
それは出会った時から変わらない、ヤン式の責任の取り方。

「けど、これでリウに無理させんの、最後だからさ。これからの戦闘メンバーには・・・」
「やーだよ」


続けようとするヤンに、リウは言葉を被せて止めた。

「ここまで巻き込んどいて、最後はみせてくんねーの?そんなのズルイじゃん。 オレも混ぜてよ」


リウはうつ伏せの体勢のまま毛布の淵から手を伸ばすと、ヤンの頬に指で触れる。
そこだけ少し赤みかかっていた。

自分に言ったことと同じことを、レン・リィンに言って・・・引っ叩かれたんだろう。


「無理やりだなんて思ってねーよ。あそこはオレの役目だもん。 もしヤンが止めてもさ、譲る気なんてなかったし」

別にヤンを励ますために言ってるわけじゃない。本当のことだ。
他に方法があったのなら、こっちが教えてほしかったくらいだ。
それはレン・リィンだって、分かってたはず。

(だからそんな時くらい、いい訳くらいしてもいいのにさ。)


リウはそう言いたい気持ちを瞬きの奥に押し込めて、ありったけの笑みに変えた。



「まぁ、頑張ったなーって思うならさ、ご褒美ちょーだい」
「ご褒美ぃ?」
「そ、ありがとーのキスとかさー」

その答えに、ヤンの眉根が寄った。

「はぁ?そういうのって、レン・リィンとかマリカの方がいいんじゃねぇか?」
「おっ女の子ってのは賛成だけど、その二人はちょっ、ちょっとなー」

「ふーん。そんなもんか? ま、リウがオレのでいーってんなら、別にいいけどさ」

え!?いいんだ!?
咄嗟に声を上げなかったのは奇跡だ。
しかし今度はリウが困惑に眉を顰める番だった。
元々どんなことにも警戒心が薄いとは思ってたけど、いや注意してた張本人オレだし、思いっきりわかってたけど。
『ばっか言ってんじゃねぇよっ。心配して損したぜ』
でいつものヤンになるって予定で言っただけなのに。いっ、いいんだ!?


頭の中でぐるぐる考えている間に、ヤンは寝ているリウの顔の脇に片手をついている。

してくれ、と言ったのは自分なのに、思わず目を瞑ってしまう。
心臓の音が耳の傍で大きく反響しまくっている。

瞼越しに感じる影が広がって、ヤンの体温が伝わるほどに近くなったを感じる。
喉を鳴らさずに、どうやって息を飲み込もうかとか、どーでもいいようなことで頭の中が一杯だ。
ぎゅっと、毛布の中で手を握り締めた、その時。

「あっ、そうだ」という声と共にヤンが離れたのがわかった。


(流石のヤンもおかしいことに気付いたか)

残念なような良かったような。
複雑な気分を味わいつつ、「じょーだんだって」そう言おうとリウは目を開く。


「!」

そのすぐ先に、離れたはずのヤンの顔。



そして、吐息が重なる。


呆然と開いていた唇の隙間から、トロリと甘い雫が口の中に降りてきて喉に流れた。

(なっなんだこれ!?)

水よりも滑らかな液体は、咳を呼ぶことも無く、喉を静かに流れ落ちていく。
そしてそれを確認したかのようなタイミングで唇を離したヤンは、悪戯っぽく、ニッと笑った。

「ミックスハーブの花蜜シロップ漬け。ただのキスじゃ面白くねーし。MPの回復効果つき」


ヤンは至近距離でそう言い残すと、残りの琥珀色の液体が入った瓶を、コツンとサイドボードに置いて立ち上がる。


「さっきのじゃ、足りねーだろうから置いとくな。じゃ、オレ医務室いってくる。ソフィアに話、聞いてこねーと」


じゃあなっ。
ひらり、と手を振って、すたすたと出て行くヤンを、りウは半ば唖然と見送る。

足音が遠ざかる音に比例して、リウの色素の薄い肌が真っ赤に変わっていく。


いや、仄かな期待とか、抱いてはいけないとか解っている。
天然だってことも、じゅーぶん知っている。
ヤンは言葉通り、「MP回復のオマケ」を付けてくれただけなのだ。


けど。
だけど。


「もーーー計算なしの天然って、これだからいやなんだよーーーーー」




半泣きになりながらリウは天井に向かって叫ぶと、ばっさりと毛布を被った。

 

 

 

 


たとえなんと言われようとリウ主だと…主張しよう。と、いう共通の想いができあがりました…。
あと、これ絶対ディルクみてるよねーとか。色々。