水底の鏡
- 2009/01/20
『トビラの事故』で忘れ形見が消えた。
その事件は砦を騒然とさせた。
巨大組織オルダを倒す為に集った、星の兵団を纏める将の一人息子だった。
手を尽くして探させたが、結局何処へと飛ばされたのかも 分からぬまま時は過ぎ、
咲いた花がその命を次に繋ぎそれらが芽吹き始めた頃、
捜索の終了を 軍主はその口で告げた。
トビラには色々な形がある。
文字通り、一度固定してしまえば「扉」のように何度も行き来できるもの。
後は、落とし穴のように一回使い切り、一方通行のものもある。
きっと後者の方に落ちたのだろうと、自室のテラスの柵に寄り掛かり、湖を見下す彼が静かな声で言った。
本当なら、何もかも捨てて息子を探したかっただろう。
自分が愛した女の、たったひとつの忘れ形見。
だが彼は、もう一人の為の体ではなかった。
志を同じくし未だ集り続ける人々の、英雄となってしまったのだ。
湖面に反射する月光に透ける伏せた睫。
ひとりになっても涙も流さない、どこまでも生真面目な男。
その姿を横目で眺めていたが、小さく息を吐くと柵に預けていた背中を起した。
「私の前でまで、格好をつける必要などない」
振り返る気配がする。
しかしそちら方向は向かずに、正面を見たままで言葉を続けた。
「貸してやるといっている。見られたくないのなら、背中で充分だろう？」
「･･･」
掛けた言葉に対する返事はなかった。
だが暫くしてひとつ、床の木を踏む音がして重みが背中に掛かってくる。
そして消えそうな声が「すまない」と告げた後、堰を切った嗚咽が背中から
夜の空気を震わせた。
途切れることの無い温かな涙の感触を背中に感じながら、ふっと口許の力が緩む。
石版と共にもたらされた、新しい情報の事が浮かんだのだ。
軍主である彼にすらまだ言っていない。
自分と、石版と共に現れた人物しか知らない情報。
それは集った仲間には『星』の役割を担うものが居て、それらが108全て揃ったとき
一つに合わせると大きな力になって、敵を倒すことができるというものだった。
――――彼の心を奪った女はもう居ない。
忘れ形見も居なくなった。
彼の心を奪った人間は、手の届かない存在になった･･･そう思っていた。
だが、その方法なら･･･最期の瞬間まで共に戦い、魂ごとひとつになれるというのなら、
それはあの女以上の存在になった、ということにはならないだろうか？
ならば、一なる王。
私はお前に感謝しなくてはならない。
この世が平和なら、決して手に入れることができなかったものを
やっと手にする事ができる。
星よ、悔やむがいい。
私を選んだことを。
私は世界よりも、この男を選ぶ―――
光が途切れた。
リウは、ハッと我に返る。
自分じゃない。前世とかそんなものでもない気がする。
けど"自分"の分身としか思えない外見の男の言葉は、まるで自分が思っているかのように心に響いた。
まだ動悸は続いている。
（冗談じゃ、ないって）
リウは同じく本の光から解放され、半ば放心状態の少年の姿を見遣る。
違うよ。
この感情はそんな名前じゃない。
新しく体の中に満ちる力が、まるでその男の考えに浸食されているかのように思えて
リウは眉根に力を込め自分の肩を抱いた。
2009.01.20 UP -side.Komame
- Category:ティアクライス ⇒ Side…こまめ
- 月白
