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2006年01月

『過ぎ去りし永遠の日々』

  • 2006/01/02


第2章-第5話 その先にあるもの





 窓から一筋の光が差し込み…空のまま放置されたグラスに反射する。
その光が闇に慣れた目に眩しくて…瞳を細めてセッツァーは窓の外に視線をめぐらせた。


雲間から覗く淡い日の光。
「いつのまにか夜が明け出しちまったな」
もう寝ろ…と、ティナを送り出してからもうどれくらい過ぎたのだろうか。
気付けば夜は明けだして…新しい日が始まろうとしている。
話し始めた時は、ささくれ立ったままだったダリルに対する思いが。今…こんなに静かになっている。
その事実にセッツァーは小さく笑みを浮かべた。



「なあ…ダリル」



アンタが言ってたのはこういう事だったのか?
誰か大切な相手を見つけるという事。
自分を…仕える相手でもなく。憧れの先に見るでもなく…何の偏見も無く付き合える仲間たち。




そして…。




「お前さんが言ってたような。
存在になるかどうかはわからないがな」
冷たくしても…どんな傷つけるような言葉にも真摯に答えようとする大きな蒼い瞳。
それでいて間違っていると思えば一歩も引かない…。
「そうだな…あいつにならやってもいいな」
長い間。沈み込みように身を委ねていたソファーからゆっくりと立ち上がり、セッツァーは大きな…光沢を放つ机の小さな引き出しを引く。
そこには…あの日渡された小さな小箱。
「あいつ…どう化けると思う?」
箱は小さく彼の手にすっぽりと納まってしまう程度で…重さも無い。
けれど、そのわずかな重みが…長い年月過ぎても変わる事無く残るダリルという存在を思い出させる。
「きっと似合うだろうよ」
緑の巻き毛。大きな蒼い瞳の少女の…白い肌にこの繊細な細工の耳飾は映えるだろう。
「丁度リボンがダメになったって泣きはらしてたしな」
布と違って宝石なら滅多な事では壊れないし丁度良い。
そんな事を考え。セッツァーはそろそろ自分を起こしに来るであろう少女の事を考える。
何時も遅くまで起きない自分をめげずに起こすティナは…きっと此方からドアを開けたら驚くに違いない。
驚いた所にこれを渡したらどんな反応があるのだろうか?
びっくりして目を見開く相手の姿を想像してセッツァーは口の端に小さく笑みを浮かべ…。
今考えた事を実行に移すために歩きだした。



『過ぎ去りし永遠の日々』

  • 2006/01/02


第2章-第4話 過ぎ去りし永遠の日々



「珍しいな」
こんな時間にお前さんが来るなんて。
茶化すように声をかけると、真夜中の訪問者は黙って手にしたボトルを上げてみせた。
「せっかくの土産はいらないようだな」
薄く紅をさしたような口の端を上げてやり返され、セッツァーはやれやれと肩をすくめ。部屋に設置された棚から上等のグラスをとりだす。
「で、どうしたんだ?」
良い音を立て、ボトルの蓋が開く。
黙ってボトルを向ける相手に、自分用のグラスを差し出しながらセッツァーはわずかに身を乗り出した。
普段と変わらぬ色合いの瞳にわずかに垣間見れる輝き、何かを始める前の静かな色。それをセッツァーは見逃さなかった。
「ファルコンのエンジンをいじった」
長い沈黙の後、窓から覗く月光にグラスを掲げダリルは目を細める。


「明日…飛行テストを実行する予定だ」


最速の飛空挺ファルコン。
その揺るぎない賛辞を受けながら…まだ彼女は速さにこだわり飛空挺の改造を続けていた。
そんな彼女にとってテストも別に珍しい事ではなく。
…だが、滅多にない歯切れの悪い言葉に夕暮れ色に染まった瞳を向ける。
「今度のテストは…危険だ」
帰って来れないかもしれない。
「縁起でもねえな」
続く弱気な発言にセッツァーは聞きたくも無いとばかりに鼻をならしてみせ、そんな反応にダリルは笑ってみせた。
帝国に滅ぼされた町に乗り込んでから…もう一年はたつだろうか…その間にセッツァーがダリルの過去を聞きだした事はなかった。


何故…?


そう問うことは簡単であろうに、あえてしなかった事を考えると。飛空挺を駆る自分だけを見てくれるのだろう。
ダリルは自分の考えに小さく微笑む。たとえ無意識に避けてるいるのだとしても…それはそれで良い。
そう思う自分が妙におかしかったのだ。
この夕暮れ時の瞳の青年にここまで心を許しているのかと。
「そうだな。縁起でも無い話だ」
だが。と、彼女は続ける。
「それぐらい危険なんだよ今回は…」
掲げるように両手に持った琥珀の輝き。
ゆらりゆらりと誘うように変化する色は空から見下ろす金の野原にも似て…ダリルは気に入っていた。
「だからと言って挑戦することをやめる事は出来ないしな…ただのわがままさ」
でも私らしいだろう?
にやり…と口の端を上げてみせる相手に、セッツァーは無言でグラスに酒をつぎたす。
確かに今までの経験上ダリルが誰かの忠告を聞いた事など無く。むしろ辞めろと言えば嬉々としてやりかねない。
そんな相手の性格を考えれば、確かに止める方が無駄に違いなかった。
「本当に…お前を止められるヤツなんぞいないな」
ため息にのせた苦笑に、ダリルが「おや?」と目を細めるのを見て…セッツァーは訝しげに視線をめぐらす。




「知らなかったのか?」
「何をだ」


心底びっくりしたとでも言わんばかりの声音に、セッツァーはむっとしながら問い返す。
その言葉に見る間にダリルの顔が楽しそうにゆがめられて行くのを見て、セッツァーはしまったと思った。
こんな時の相手は非常に性格が悪い。
それも経験上嫌と言うほど知っていたからだ。
「まあ良い。これをやろう」
不機嫌とそれ以上に墓穴を掘ってしまった事を隠し切れない相手にダリルは、意地の悪い笑みを浮かべて小さな箱を手渡す。
「何だ…」
思わず素直に受け取ってしまった箱をいぶかしげに見つめる。
そんな反応すら今は可笑しくてダリルは喉の奥で笑いを堪えながら相手の反応を見守る。
「やるよ」
セッツァーは未だ笑みを消さない目の前の相手に、じとりと視線を送ってから。手のひらに収まる程度の小箱を開ける。
小さな…けれど上質だと解る青い宝石。
繊細な飾りを施された金の細工の留め金が、月の光をはじき星のような光を放つ。
小箱に収められていたモノは女物の耳飾りだった。


「……これをどうしろと?」
たっぷりと時間をかけて考えてから、鋭い視線をセッツァーはダリルに向ける。
賭博場を網羅し、知名度を上げるうちに磨きがかかった刺すような視線にも全く動じることも無く。
むしろ楽しそうにしてダリルは答える。
「お前の事だ。
好きな相手が出来ても気の利いたモンは何もやらんだろう?」
もし死んだりしたらそれだけが心残りでな。
さも楽しそうに告げられて、セッツァーはがくりと肩を落とした。
「冗談にも程がある」
言い寄る女は星の数ほどいるが、それは皆セッツァーの持つ名声と金に言い寄る者ばかりで…そんな関係を楽しむ事は有っても。ダリルの言う様に誰か…などとは考えた事は無かった。
そんな特別な異性といえば…。
あえて言うのなら…そう目の前で自分を困惑させて楽しんでいる…ダリルだけだ。そうセッツァーは思う。
「冗談じゃないさ」
途中から色合いを変えた視線に気づいているだろうに、それには触れずダリルは笑みを消した瞳で先を続ける。セッツァーが自分に抱いている感情。それは無意識につのる羨望や…憧れと言う名前を持つもの。
そう解って居たから。




「何時かお前にも解るよ」




誰か大切な人が居るという事。
その相手が居るから…無謀な事も意味があるのだと。
意味の無い…そんな人生を送って欲しくないから。いつのまにか弟のように思えてならない目の前の青年に、ダリルは謎をかけるように言い聞かせる。
押し黙ってしまったセッツァーに…ダリルは、セッツァーが考え込んでいなければ気付くであろうタチの悪い笑みを浮かべた。
その言葉を聞いた時の相手の反応を見たくて。
引き伸ばしておいたのだ。
だから…。
「実際私もそうだしなあ」
殊更意識して…さらりとそう言いのける。


「何だと〜っ」


その瞬間目を剥いて叫ぶセッツァーにダリルはしてやったりとばかりに高らかに笑い出した。
明けていく空に…響き渡る軽やかな笑い声。
そして送り出したダリルは…。
鮮やかな赤の炎をセッツァーの胸に焼き付けたまま。







予告通り二度と帰ってくる事は無かった。



『過ぎ去りし永遠の日々』

  • 2006/01/02


第2章-第3話 知られざる真実.2



炎とは違う赤。





突然瓦礫の中からあらわれた人影にセッツァーは帝国兵か?と、一瞬身構える。
だがそれが長い女の髪だと気づいて気緩めた瞬間に、同じく身構えていたダリルが何かを叫びながら走りだした。
「一体何が有った!」
火や煙にやられたのだろうか。崩れ落ちる体を抱き寄せながらダリルは女に問い詰める。乱れた髪に隠されて彼の位置からその女の表情は読み取れなかった。
ただ…拒むような気配がするのみ。
「他に生き残った者は?」
拒絶の態度すら気にかけず。さらに問われた女は、掴まれた手を弾くように押し返し。
「居るよ。数えるほどだろうけどね…」
ざまあないよ。
まるで自分をあざけるように嘲笑う。
その声に、かきあげられた赤の下から現れた顔にセッツァーは驚きながらも二人のそばに駆け寄った。







「アンタは…」
かつて酒場で出会った赤毛の女。
何故ここに居る?
声音に隠れたセッツァーの驚きに、女はついと視線をやると笑ってみせた。
彼にダリルの情報を教えた時に見せたモノと変わらない笑顔で、セッツァーは背筋に寒いモノが駆け上がるのを感じた。
「奇遇なトコで会うね」
炎と崩壊した町の中で交わされてるとは思えない静かな声音。
「それは俺のセリフだ…」
内心の動揺を隠し、彼はわずかに顔をすがめる。
「一体何が有った?あんたは…」
何でここに居るんだ?
言外に隠された問いかけを読み取り。彼女はうっすらと笑みを浮かべてみせる。目の前の青年の驚きが…可笑しくてしょうがなかったのだ。
「帝国の逆恨みさ」
喉の奥でもれる笑いをこらえるようにし、崩れ落ちそうな体をダリルに縋りつくようにして支えながら女は続ける。
こんな状況に置かれているというのに彼女の声音は苛立ちも何も感じさせなかった。
「自分たちだけのものに出来なかった腹いせに、
この町を…私たちを皆殺しってね」
脅されて…散々利用されて…最後はコレさ。
凄惨な笑み。
けれど言葉の弱気さと裏腹の、決意を込めた光を失わない瞳はまっすぐと目の前に立つセッツァーとダリル、二人に向けられていた。


「戻るぞ」


咳き込みながらもなお言葉を続けようとする相手の言葉をダリルが短くさえぎる。
突き放すように冷たい声音。
力の抜けた細い肢体を軽々と支え、有無を言わせず歩を進める横顔は…何の感情も伺わせず…。
「おい…ダリ…」
「離せっ!」
かける言葉すらみつからず。横たわる沈黙に耐えかねてセッツァーが手を伸ばした瞬間。それまで力なく抱えられていた女が自分をささえるダリルの手を弾き飛ばした。



「私たちが何をした?」



傾いでいく体を支えようとセッツァーが伸ばした手を冷笑ではねのけ、今までの静けさすら嘘のような勢いで彼女は叫ぶ。
「たまたま…この町に住んで!
この町は飛空挺を作る技術を持っていた!
それだけじゃないか」
回りの炎の照り返しではなく…ゆらり…と瞳に炎が見えるようだと…セッツァーはぼんやりと思う。
その横でダリルはただ無言で佇むだけだった。
「あの人が何をしたというの!
少しばかりの娯楽で…あの設計図を巻き上げられてっ」
馬鹿みたいじゃないか。
天を仰ぐようにしたその瞳から大粒の涙が溢れる。
「その所為で死んだわ…」
帰ってきた時にはもう誰だか解らないほどになって。
涙がこぼれ、頬をつたう。それすら気にせず女はセッツァーに視線を合わせる。




「あんなに…優しい人だったのに」


周りの炎の熱すら勝てないほどの強い炎のようだ。と、彼は思う。
目をそらしてしまいたかった。
でもそれすら出来ない…目をそらせば自分は逃げる事になるのだから。
受け止めなければならい自分がこれからも飛空挺に載る為に。
知らずのうちに自分が奪ったモノの大きさに、奪われた相手の炎の眼差しに…セッツァーは己の体が震えているのを感じながらそう…自分に言い聞かせる。




「何時か仇を討つまで…
それまでは死ねないと言い聞かせて!」


止めることすら出来なくなったのだろう。
続けられる独白は自責の念と苦渋に満ちていて…聞くほうにすら苦痛を感じさせる程の響きを持っていた。


「でもいざ会ったらそんな事できなかったのよ!
どうして…アンタ達があの人と同じ目をしてるのっ!」


そうでなけりゃ殺せたのに!
そこまでが限界だったのだろう。
乱れた髪を振り乱し、女は泣き崩れた。嗚咽に混ざる言葉は意味をなさなかった。






随分と長い時間に感じられたが、実際はどれほどたったのだろうか…。
それまで何を言うでなく佇んでいたダリルが、ゆっくりと近寄る。


「生きてみせればいいさ」


小さくささやくように、けれどはっきりと呟かれた言葉に女は泣き塗れた眼差しをダリルに向ける。
落ち窪んだ瞳は…かけられた言葉を理解しようと揺れる。




「帝国にとっては痛くも痒くもない生き残り。
たとえそうでも…そんな人間がどんどん増えていけば、その思いを忘れなければ」
呆然と見つめ返す彼女の、煤けた頬を流れる雫を手で拭いてやりながら…ダリルは言葉を紡ぐ。


「きっと…」


その声音はまるで自分に言い聞かせるかのようでも有り。
小さくなっていく言葉の先はセッツァーの耳には届くことは無かった。
ただ、その言葉の後に黙ってダリルの胸に泣きついた女の、小さくの揺れる肩をみつめながら。
彼はそれでいいのだろうと…目を細める。
力の及ばない世界と言うものは…きっと何処にでも有る。
ダリルの過去も女の過去も…自分にはどうでも良い事には違いない。
ただ…解るのは知らずとも行って来た罪を知ってしまった以上…自分は飛ばなければならないのだと。









誰もが自由の象徴だと…憧れてやまないこの空を。



『過ぎ去りし永遠の日々』

  • 2006/01/02


第2章-第2話 知られざる秘密



町に近づくにつれ漂う匂いが…空気が変わる。
焦げたような喉を刺す異臭と錆びた鉄のような匂い…むせ返るようなソレは、視界の端に映り始めた赤い色と合わせ。その先に有る惨状を十分にに予想させるものだった。
「くそっ…着地できる場所を見つけろ!」
一人でも多く生存者を探すんだ。
ダリルの声にファルコンは崩れ落ちた家の間をかいくぐる様に進む。
舐めるように建物の表面をはいあがる赤い炎。
やっと見つけた瓦礫の山と化した広場に着地したファルコンから見える僅かな空間にすら、無数に転がる動かない塊…その周りに広がるどす黒い染み。
眼前に広がる町の姿はは…まさしく地獄絵図のようだった。


「酷え…」
上空を飛んでいた時など比較にならないほど、充満する血の匂い。こみ上げる吐き気に耐えながら、セッツァーは唸るように呟いた。
甲板からも同様に、絶望に彩られた声があちこちからあがる。
こんな状態の場所に生存者が居るのか…。
着地できる場所を探し舞い上がる飛空挺から広がる町の姿に船員たちは諦めの声をもらしだす。
「諦めるな!」
全てを吹き飛ばすかのように発せられた叱咤の声に、慌てて船員たちは動き出す。
帝国兵がいつ何時襲って来るか解らない状態では、いつ自分がその塊になるか解らない。一瞬の困惑を見せたとはいえど、飛び出していく彼らの姿をセッツァーは一人呆然と見ていた。
ただ速さを求めて空を飛ぶ。
それだけの飛空挺乗りが、わざわざ帝国を相手にこんな危険をおかす訳が無い。
敵に回すには…力をつけてきた帝国は、ソレほど強大すぎる相手なのだ…。
じっと身を潜め。関わらない方が特な事に変わりは無い。
『ダリルは帝国に目を付けられてるからね』
微笑みながら告げた赤毛の女の言葉を思い出し…今更ながらにセッツァーは自分が彼らについて何も知らない事を思い知った。
「セッツァー!」
立ち尽くす自分に向けられた呼びかけ。
「ぼけっとするな…死にたくなければ手伝え」
振り返った先に有る緑の双眸に気圧されて、彼はただ従うようにダリルとともに町に駆け出した。
「ここもダメか」
炎から逃れた民家や逃げられそうな場所を探しては…慣れた足取りで瓦礫の中を足早に駆け抜ける。
見せ付けられる現実に、淡々とした口調と冷静な動きで、先刻垣間見せた激情が嘘のように町を走り回る姿をセッツァーはただ見ていた。
ただ舞い散る火の粉の照りかえしを受け。変わらず輝く翡翠が、内に秘めた激情を表していて。
そこに有る殺気の深さに…強さににぞくり…と背筋を駆け上がる震えが湧き上がるのを感じた。


そして生まれる疑念…。


「まだ…まだ諦めてたまるものか」
一体どんな恨みが有ると言うのか。
燃えた木がはぜる音にまぎれて聞えた呟き。
憧れてやまないファルコンを駆る相手の、空をかける理由すらくつがえしてしまいそうで…。
導き出した可能性にセッツァーは人知れず息を呑んだ。

聞いてはならない。
何処かで警告の鐘が鳴る…それでも彼は、声をかけずにはいられなかった。



「ダ…」
煙の所為だけでなく、喉が張り付くように痛い。
掠れた音しか出せ己の喉に苛立ちを見せながら、セッツァーが更に先を紡ごうとした時。
隣でダリルが息を飲むのを感じ、ついで彼も視線をめぐらせる。
『敵か?』
緊迫した空気が流れる中。二人の眼差しが向けられた先の瓦礫がガラリ音を立てて崩れて…。
辺りを舐める炎とは異なる赤い色彩があらわれる…。



『過ぎ去りし永遠の日々』

  • 2006/01/02


第2章-第1話 砂漠に吹く風



「何をやっている…」



呆れた声が後ろから響く。
その声に彼はイタズラが見つかった子供の様に肩をすくめた。
目の前に有るのは重い輝きを放つ鋼鉄の扉。軽量化された船体には見合わないほどの厚みの…その先にはこの船のエンジンルーム…ファルコンの全てが有る。
「……まったく。油断も隙も無いな…」
しかも懲りていないときたものだ。
きっと少し眉をあげて…呟かれる。この声を聞くのも何度目だろうか。
この部屋を訪れる度に先に進もうと試みて、そのたびに阻止される。いつしかそれは楽しみになった。
まるでゲームのようなスリル。
「今日こそ酔いつぶれててくれてるもんだと思ってたんだがな」
音も無く背後に近寄る相手の凄さに関心しつつ。また先に進めなかった事に多少の悔しさを感じながら、彼…セッツァーは両手を上に上げてみせた。
「私があの程度で酔いつぶれると?」
長い巻き毛を後ろで束ねただけの、その女はわずかに眇めた目をセッツァーに向け、何も無かったかのようにソファーに取って返す。
「お前は隙だらけだからな」
どさり、と音を立ててソファーに沈み込みながら、喉の奥で紡がれる笑い。
「これでも賭博場では負けなしなんだがなあ…」
何で勝てないのか。
かすかに漏らされた、弱音に僅かに口元を緩めて答え…更に言葉を続けようとしたその時。
「ダリル様大変だ!!!!」
バタバタと音を立てて走る音と共に、ドアが盛大に開かれた。
「例の…町がっ…」
喉をゼイゼイと切らしながら、必死の形相で搾り出された声。
その相手の形相に、ダリルは鋭い視線を送る。
「何が有った?」
「ま・町が燃えてる。奴ら町の人間全員を殺すつもりだ!!!」
どうしたら。
床にこぶしを叩きつけながら叫ぶ相手に、ダリルの顔から余裕の表情が消えるのをセッツァーは見た。


「ダ・・・」


「全員たたき起こせ!!!直ぐに出発だ」
私も直ぐにデッキに行く。
搾り出すような声音。その声音とは裏腹に燃える緑の瞳。
(こいつは誰だ?)
何時もとは違う…見たことの無い相手の表情にセッツァーは背筋をぞわりと駆け上がるものを感じた。
「全速力で行くぞ!!エンジンが焼き切れないように気をつけろ!!」
「はい!!!!」
叫ぶダリルの黄金色の髪が翻る。
その声に、床に座り込んでいたその男は弾かれたように飛び起きると走り出した。





「帝国め…」





まっすぐ前に向けられた瞳は…強い光を宿し、風が…吹く。
砂漠の乾いた砂を巻き上げて…。
その姿をセッツァーは呆然と見つめる事しかできなかった。



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