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Category: ティアクライス ⇒ Side…こまめ

目に見えるものだけが全てとは限らない

「一体どういうつもりなのですか」

出て行くリウの背中を見つめていたヤンの視線が、声の主に戻る。

声の主、それはキツイ眼差しでヤンを見据えているレン・リィンだった。
両手で握り締めた杖が、小刻みに震えている。

「リウ・シエン・・・いえ長の線刻の力を解放させるなんて!書の力を引き出すということは、
持つ者の命を削るということです。貴方は見たはず・・・わかっていた筈です!!」

ヤンは、視線だけではなく体ごとレン・リィンに向きなおった。
そしてひとつ、呼吸するように瞬きをする。

「あぁ、わかってた」

その銀の瞳に静けさが満ちていく。

「また、リウに無理させちまうなって。けどリウしかできねぇって思ったから、
わかってて、無理させた」

パンッ
乾いた音が広間に響いた。

「おっおい」

広間に残っていたロベルトが体を浮かせるが、その体をマリカが手で遮って止める。
振り返るロベルトに向かって、マリカは軽く首を振った。

当のヤンは、張られた頬に触れることもせず、射るような眼差しを受け止めていた。

「貴方はリウ・シエンをも殺す気ですか!?」

じわり、と頬を打ったレン・リィンの目尻には涙が浮かんでいる。

「リウ・シエンは万能だとでも!?貴方はラオ・クアン様だけでなくリウ・シエンまで」
「やめないか。レン・リィン」

ルオ・タウが再び振り上げられようとした手を掴んで止めた。

「あの場面では仕方のないことだ」
「けどっ」
「きっと彼が言わなくても、リウ・シエンは同じ行動を取っていたはずだ。違うか?」
「・・・」

更に言い募ろうとした唇は、その言葉を紡ぎかけて止まる。

「知っているだろう?レン・リィン、君ならば」

重ねられた言葉に、翡翠の傍で滲んでいた涙が雫となり頬を伝った。
レン・リィンはその表情を隠すように俯くと、振り払うようにヤンに背を向け、そのまま広間から外へ
走り去ってしまった。

ルオ・タウはその後姿を見送らずに、今度はヤンを視線だけで眺め下ろした。

「私たちが全身に刺青を施す、その"本来"の意味をご存知か?」

抑揚の無い声は、いつもより・・・いや明らかに冷たく、広間に響く。

「この刺青は書を受け継いだ長を守るため・・・誰が継承しているのか、外部の人間に解らないようにする為だ。
いざとなれば皆がその身代わりとなる。長になった瞬間から、その体はひとりだけのものではない。
この団にとっての貴方と同じということだ。その事だけは覚えておいてくれ」

それだけ言い残すと、ルオ・タウも踵を返し広間を出ていった。

「平気か」

しん、とした広間で最初に口を開いたのは、ジェイルだった。
手の甲をヤンの頬に当てる。

「熱を持ってるな。冷やすか」
「ん。いや、いい」

ヤンはジェイルの手から離れると、さんきゅーな、と小さく笑う。
すると、今までマリカに止められ口をつぐんでいたロベルトが、その間に割り込むようにして立ちふさがった。

「おいっお前っ!なんで何も言わなかったんだ!?」

ロベルトは戦闘メンバーとしてあの場にいた。
間近で見ていたから断言できる。
あの男が言った通り、あそこで最悪の事態にならず事を収めることができたのは、スクライブの持つ線刻の書だけだ。
誰が指揮官であっても、使うよう指示するはず。
逆に私情のために躊躇っていたならば、今頃自分達だけではない・・・どれだけの人々が犠牲となったのか
考えるだけでも寒気がする。そんな指揮官なら初めから必要ない。

怒り心頭、頭から湯気がでるんじゃないか、という様子のロベルトに、ヤンは頭をかいた。

「レン・リィンやルオ・タウが怒んのふつーだろ。リウはアイツらの長なんだし」
「じゃあ、あの男が何も言わなくても、そのまま黙って聞いてやるつもりだったっていうのか!?」
「オレがやったことだしな。あったりまえだろ?」

ヤンはそういうと、広間の向こう・・・自分の部屋がある方に目を向ける。

「どんだけ真っ当な理由っての重ねたって、リウを危険な目に会わせたって事実は変わんねぇし。
それにもし、オレがレン・リィンの立場なら・・・・・・同じこと言ってんじゃねぇかな」

遠くを見るように眼差しを細めていたヤンの、雰囲気が不意に変わる。

「・・・・・正しいことってさ、一体どんな形・・・してんだろーな」

ロベルトはゆっくりと、目を見張った。
そこにいる人間が、別人のように見えたからだ。

まるでそこにいる事自体が幻のような・・・。
しかし、その『幻』は、戻った表情と共に一瞬で消える。

「ま、心配してくれて、ありがとな」

鼻の下を擦りながら笑うヤンに、ロベルトは一瞬遅れて駆け上がった体温そのままに声を上げる。

「だっ、誰がお前の心配なんてするかっ!!」
「そうなのか?」
「あたりまえだっっ」

そんな二人のやり取りを、一歩引いて眺めるジェイルの隣に、マリカが歩み寄った。

「よく、がまんしたわね、ジェイル。ロベルトさんの声で我に返ったでしょ」
「・・・マリカもな」
「何回見ても慣れないのよねー。確かに言い訳すんの良くないって思うけど、ヤンの場合はちょっと違うから」

マリカは苦笑気味に微笑むと、そのまま眩しそうに二人の姿を見つめる。

「あんな風に、本当のヤンに・・・気づくひと。増えたらいーのにね」
「あぁ」

腕を組んだジェイルも口許に笑みを浮かべると、ひとつ頷いた。



2009.09.09 UP -side.Komame

風のさき

- 2 -

「いっ、た、い、どん、だけ、続い、てんのー。このゴ、ツゴツ、は・・・」

肩で息をしながら握った杖に体の体重を預け、足を一歩また一歩と進めていく。

この岩ばかりの峠道に入って、もう丸1日と半分になろうとしていたが、未だ頂上にも辿りつけていなかった。

ざっと見た時は、一日もあれば抜けられると踏んでいたのに。
いや、距離にしたら大体そんなものだと思うのだが、とにかく岩がゴロゴロしていて歩きにくいこと
この上ない。
峠というよりも、崖といった方がいいのかもしれない。
所々寸断されていて回り道しなければならなかったり、曲芸宜しく綱渡りしたりしているから、
余計に時間を食ってしまっているのだろう。

登ってきた道を、肩越しに振り返ってみる。

・・・ここまで来れた自分を褒めたくなるような険しい道程に肩を竦めつつ、ふと目に入った光景に足が止まった。

一時は遠く頂しか見えなかったチオルイ山が、いつしか近く見えるようになっていた。
あの山向こう側で、登ろうかどうしようか迷っていたのが去年の秋のこと。
それから初雪をみて、本格的な冬を迎えて・・・

「そういや、そろそろ日差しも変わってきてるもんなー」

そんな事を今更ながらに気付いて、目の上に手をかざし空を仰ぐ。

風はまだ冷たかったが、皮膚が凍てつくようものではなくなっていた。
前までは寒くてフードを被らずにはいられなかったが、今は人に会うことがなければ
フードも必要ない。

今までに感じていたものより、明らかに風は優しくなっていた。

「・・・ん?」

ふと、その風に乗って、何か懐かしい匂いを嗅いだ気がして、鼻を動かしてみる。
なんだろう・・・懐かしいような・・・違うような。
探るように辺りを見回してみる、と。

「あ。」

目を凝らすと、先にある筈の山道が消えていた。
ということは、あそこが頂上だ。

「な、長かったぁ・・・」

そう言いながらも、一気に体の疲れが飛んだ気がした。
まだ下りがあるから越えたことにはならないけど、それでもようやく半分は過ぎたということだ。
先が解らないほど不安なものはないから。

現金なもので、あれほど重かった体が嘘のように、思い通りに動いてくれた。
坂の向こうを少しでも早くこの目で確かめる為に、小走りに走り出す。

拳ほどの岩をいくつも飛び越え、そして向こう側がもう見える!というところに来た時だった。

一際強い風が、正面から音を立てて向かってきた。

足を止めやり過ごさなければならない程の強風。
マント、そして辺りの岩砂が煽られる。

「っ・・・」

反射的に腕で目を覆い、風をやり過ごした。

それでも少し、目に砂が入ったみたいだった。
ぎゅっと目を瞑って涙で埃を洗い流し、再び目を開く。

滲んだ視界が、次第にくっきりとピントを結んで・・・。

「うっわーー」

自然に、感嘆の声が口から零れていた。

眼下に広がっていたのは、緑の原野だった。

今までは、土だの雪だの岩だの。
色というものから遠ざかっていたのだが・・・

鮮やかな、けれど住んでいた森とは違う種類の緑が目に飛び込んでくる。

「あの匂いはこれかぁっ。この岩山で風の向きが変わって気候も変わってんのかなー。へぇーーー」

峠を下るのには案外時間が掛からなかった。
向こう側に比べて、山道が割に整備されいたことと、なによりゴールが見えているというのが
歩く気に繋がったからかもしれない。

サクリ

苔とはまた違う・・・草に覆われた、やわらかい土地。
ほころび始めの小さな花と、鳥の声。

気づけば、傍で蝶も飛び始めていた。

「あー、こんくらいのあったかさなら、どっかに世話になんなくても野宿できるかもしんねー」

適当な木を見つけると、着ていたマントを脱いで腰を下ろす。

グレイリッジという鉱山街を出て以来、まともに宿にもありつけていなかった。
山小屋のような所があったから、辛うじて野宿からは免れていたが・・・

ぐぅん、と体を伸ばして、緑の空気を肺いっぱいに吸い込む。
やっぱり木とか緑とか見ると、心の緊張が解ける気がした。

「もう毛皮から外套に買い換えないとなぁ・・それから・・・」

瞼は直に重くなってきた。

『・・・なぁ』

ん?

『なぁ、おい。大丈夫かよっ』

なんか呼ぶ声がするけど・・・もう夢見始めてんのかなー。

『なんか冷てぇんだけど!?なぁ、目ぇさませって』

うるさいなー。
ちょっと眠いだけだからさ。
寝かせてくんねーかな・・・

そして、久しぶりに夢をみた。
悪夢とか追いかけられるとかそんなのじゃなくて。

ゆらゆらと揺れて
なつかしい、ゆりかごに包まれてるみたいな

あったかい。

そんなゆめをみた。

眩しい。

リウは薄目をあけた。

目の前には、綺麗な銀色。
カーテンの隙間から細く差しこんだ光に反射して、キラキラしている。

へー、睫も銀色なんだ・・・

・・・。

「まつげ?」

自分の呟いた言葉に、煙のように不確かだった思考回路が急速に現実化、繋がりはじめる。

目の前で同じ掛布を被って寝ているのは、同い年くらいの少年。
気持ち良さそうに寝息を立てている。

だ、だれ?コレ。
え?オレどっかに世話になってたっけ??

いや、っていうか!!

リウは違和感に、掛かっていた掛布を剥ぎ取った。

「は、はははは裸ってどういうことデスかーーー!?」

なんとも情けない叫び声が、小屋の中に響き渡った。



2009.02.16 UP -side.Komame

風のさき

- 1 -

かららん。

扉をあけると頭の上で音が鳴った。
薄暗い部屋。
暖色のランプが外の強い風に煽られ、店の影が一斉にゆらめく。
重い戸は、取っ手を引くまでも無く、外からの風に押されて閉まった。

「すみませーん、誰かいませんかー」

肩の水滴を払いながら、声を掛ける。
すると奥に続く開いた扉の向こうから、「ちょっと待っとくれねー」と女の声が聞えてきた。

はーい、とその声に返事を返しながら、辺りを軽く見渡す。
そして扉の傍の壁に丁度いい空間を見つけると、そこに凭れ足を組んだ。
フードの隙間から脇にある窓の外、濃い灰色をしているはずの雲が雪に白く煙るのを見上げる。

「?」

ふと、気付いて窓硝子に視点を移した。
昼前から降りだした雪が、窓に叩きつけられ水になっていた。
雪が緩い。

南下してきている所為か。
いや・・・この長かった冬がもうすぐ明けるのかもしれない。

「はいはい。すまないねぇ」

聞えてきた軽快な足音と声に、視線を窓からカウンターに戻した。
部屋の奥から、女店主が前掛けで手を拭きながら現れる所だった。

自分も背中を石の壁から離すと、カウンターへと移動する。
毛皮のマントの中で手を動かして、肩に掛けていたカバンの中から布袋を取り出して台に置く。

「コレ、換金できる?」
「どれどれ」

女店主は、ふくよかな指を動かし皮袋を開けると、その布袋の中身を覗いた。

「へぇ、黒胡椒と岩塩かい。珍しいね。ここらでは中々出ないんだよ」

女は中にからひとつまみ取り出すと、指ですり合わせ舌に乗せる。

「うん、モノもいいみたいだ。いい値で買い取らせて貰うよ」
「ありがとー」

女はにっこりと頷くと、布袋の口を縛りながら再び奥に戻る。
そして、持ってきた鋼製の箱の中からコインを取り出し数えながら、女は話を続けた。

「あんた、さっきからフードも取らないねぇ。結構濡れてんじゃないか、中まで染みてんじゃないのかい?
暖炉貸してやるからここで乾かしておいきよ」
「あ、いや。だいしょーぶ。乾かしても結局外に出なきゃなんねーし」
「そう言わずにさ。声からすると若いんだろ?子供が遠慮すんじゃないよ」

カウンター越しに、女の手が伸びた。

ばさり。
水を吸って重くなったフードが背中に落ちる。

中から現れたのは、鮮やかなグリーンの色彩の髪。

「・・・」

女の目つきが驚いた、というよりも怪訝そうに細められるのが解る。
珍しいもの、というよりも異質なものをみるようだというのが近いかもしれない。

すると、今までの気さくさは何処へやら、ドンと金の入った袋をカウンターに置くと踵を返す。

「用が済んだなら、とっとと行っとくれ」

もう聞きなれた言葉だ。
こんな小さな村では、無理も無い。
金を減らされたりしない分、良心的なうちに入る。

「ありがとー」

そういい残して布袋を取る。
そして再びマントを目深に被ると、店の扉を開けた。

さっきまでのみぞれ雪は、小雨に変わろうとしていた。

村を出て半年近く。
目的地も何も決めずに、ただ歩いてきた。

樹海の村は、此処から見るとかなり北にあるのだが、 近くの海を暖流が流れているため、
年間を通して温暖で、それほど寒くなることはない。
森の育ちが異様にいいのも、その所為だ。

だから、チオルイ山脈の麓まで来たときには、その寒さに驚いた。
秋も半ば、まだ冬までには時間があると思っていたのに、もう既に山全体が深い雪に覆われていた。

慌てて 毛皮のマントを買ったが、山から吹き下ろす風は吐いた息をも凍らせる程に冷たい。

東へ抜けるには山越えするのが一番近いのだが・・・。
一応、試しに登山口まで行ってはみたのだが、足を踏み入れた瞬間、足首まで雪に埋ったのを見て
すっきり諦めがついた。

どうせ急ぐ宛てもない旅だ。
ファラモンを抜けて、フォートアークの関所近くで南下するルートを選んだ。

更に北に進路を取ることになるから寒いには違いないが、あの雪山を越えることを思えば命が危険に
晒されることはなくなるだろう。

ただし、かなり遠回りをすることになるので、持ち合わせが不安だった。
村から出る時、僅かな鉱石と金に換わりそうな香辛料を持ってきていたが、それらがすぐに底をつくことは
目に見えていたからだ。

そこで、次に向かう村の気候や風土・特性をよみ、少しでも利益が出そうなものを買い込んで出発し、
こんな風に次の村に着いてから売って路銀の足しにすることにした。
旅程が短いこともあり、大した金額にもならなかったが、宿代と食事代はそれで何とか賄うことができた。

路銀の件はそれで解決したのだが、もう一つの"困ったこと"はどうしようも無かった。

それは、自分の容姿が道行く人たちと雰囲気を異にしている(らしい)、ということだった。

近場に住んでいたポーパス族・・・程ではないと思いたいが、どうも浮いて見えるようなのだ。
青緑がかった髪と、異様に色素の薄い肌の所為、らしい。
確かに、この髪の色は村でも珍しい色だとは言われてはいたが・・・。

途中出会ったランブル族の人間にさえ、何処の出身なのか聞かれた程で、
一度など、ファラモンに向かう途中に泊まった宿屋で、夜中ふらっとトイレに起きたら売り飛ばす算段を
宿主が話しているのを聞いてしまい、寸でのところで逃げ出したこともある。

・・・これであの刺青が入っていたならどうなっていたことか。
村を出たところで、直ぐに出戻る羽目になったに違いない。

ファラモンは、城下町ということもあり人の往来も活発だったので紛れることは難しくなかったが、
他の小さな村では、ただでさえ『余所者』というだけで敬遠されがちなのに、この容姿所為で長居することも
できなかった。

お陰で、『何処かの村で働きながら冬越しプラン』も早々に却下せざる得なかったのだ。

(ポーパスより認知度が低いってさー・・・どうかと思うんだよなー・・・)

ランブル族と話した時を思い出し、軽く凹んでみる。

普通に他の所と交流があったなら、こんな扱いされることはないはず。一応人型なんだし。
一族しか通れないような迷路でぐるっと囲んで、更に自分達も出て行かないのであれば、血が濃くなって
こうなるのは当たり前だ。

「・・・さて、ここには何軒宿屋があんのかなー」

放っておけば延々と唱え続けることができるであろう恨み節から、ひとまず思考を現実へと引き戻す。
まだ日暮れまでには間があるが、早めに宿を探さないといけない。
一度目に入った場所で泊まれるとは限らないのだから。

こんな所で野宿すれば・・・雪山を避けた意味がなくなる。

フードの襟元を掴むと、歩調を早める。
小雨に変わったとはいえ、ぬかるんだ地面から染みこむ水は、歩くたびに足先から感覚を奪っていった。



2009.02.13 UP -side.Komame

焔に透ける

広場に組まれた薪の櫓。
日が暮れるのを待って移された炎は天に伸び

夜の空を 赤く染める。

白地に赤の刺繍の施された衣装で、炎を背に踊るのはマリカとジェイルだ。

体の動きを追うように、衣装から長く伸びた布が波打つ。

薪の燃え落ちる音。火の粉。

タールと手拍子。

夜空に溶ける鈴の音。

「はー、きっれーだなー」

いつもとは別人のように見える友人達に、リウはぽかんと口をあけた。

今日は、シトロ村で年に一度行われる祭りの日。
城下町で行われるような華やかさはないものの、何日も前から用意していただけあって、
村の大きさからすれば盛大なものだった。
皆で祭り用に捕りにいったイノシシも、向こうの大鍋で煮込まれていておいしそうな香りが
漂ってきている。
奉納の儀式が終わったら、みんなに振舞われるらしい。

こんなに活気のある祭りに参加するのは、リウにとって初めてのことだった。
あの村にも祭と名のつくものはあったが、灯篭を持って練り歩く系の静かなもので。

「こっちの方がだんぜん好きだなー」

シスカさんから貰ったおこぼれのトウモロコシを齧りながら、二人の踊る姿
そしてそれを思い思いに見守る村の人たちを眺める。

あの引き篭もりの人たちに、ほんのちょっとでもいいからこの祭にかける情熱とかってヤツを
分けてやってほしいものだ。

「・・・ん。そういえば」

トウモロコシ最後の一口に噛り付こうとしたところで、リウの手が止まった。
こういう行事となれば、最前列にいそうなのが見当たらない。
イノシシ捕りには一緒に出掛けていたのに。

「具合悪そーにしてたっけ?いや、いつもどおりだったよーな気がしたけどなー」

リウは、踊りを見守る輪からするりと抜け出す。

まず居るとしたらたまり場だ、そう思って中を覗いてみたが誰もいない。
後、心当たりを何箇所か当たってみたがそこにも姿はなかった。
念の為そこから見える村の入り口を確認してみるが、外へ続く門は閂が掛けられていて、
誰かが出て行ったような形跡もない。
まぁ、柵を越えていけないこともない・・・けど。

「んもぅ、どこ行ってんだよ」

リウは溜息をついて、もう一度たまり場のほうを振り返る。
と、一瞬何か影らしきものが、屋根の上で動いた気がした。

(あぁ、あそこね)

リウは、肝心の一箇所を確認し忘れていたことに気付いた。
もう一度たまり場に戻って、今度は裏側にまわる。
そして、持っていたトウモロコシを窓下の空樽に置いた後、その樽、窓の縁とを使って屋根に
手を掛けた。

すると思ったとおり、屋根の上には寝転がって空を見上げている探し人の姿があった。

「なーにやってんの」

声を掛けると、寝転がっていた少年が文字通り飛び起きた。

「っ!?」

本気でびっくりしたらしく、初めに寝ていた場所から体がかなりずり落ちている。

「なんだ・・・リウか。びっくりさせんなよなぁ」

けれどそこで屋根から落ちたりしないのは、さすがだ。
オレなら間違いなく落ちてるなーと見ている前で、少年はそう言いながらもひょいっと立ち上がり
手を伸ばす。

「ゴメンゴメン」

リウは誤りながら、その腕に掴まって屋根に上った。

地上にいるよりも、頬を掠める風が心持ち涼しく感じる。
祭の音も少し遠い。
リウは風に目を細めながら、足許で座りなおした少年――ヤンに声を投げた。

「どっか悪い?」
「いや別に。どっこも悪くねえよ」
「じゃ、混じんないの?」
「まぁな。別に興味ねぇし」
「ふーーーん?」

リウの答え方に含むものを感じたのか、ヤンの顔が上がる。
無言で見詰め合うこと暫し、視線を逸らしたのはヤンだった。

ヤンは胡坐をかいた上に肘をつくと、手の甲に顎を乗せ視線を落した。

「あの踊り、村のシキタリでシトロ村で生まれたものしか踊れねぇことになってんだ」

ヤンの瞳の中の、炎がゆれる。

「オレは別に何とも思ってなかったんだけどさ。祭りに来ちゃいけねぇって言われたわけでもねーし。
勿論踊りたい訳でもなかったしな。けどあいつらはそれが許せなかったらしくってさ、『なんでヤンは駄目なのっ
それじゃあ私も踊らない』ってマリカが言い出したら『オレも』ってジェイルまでスト起こしちまって、
その後すっげー大変でさ」

「あーーなんか想像つくなー」
「だろ」

ヤンは苦く笑う。

「あいつらの気持ちはすっげー嬉しかったけどさ、・・・・・・変えていいものと悪いもんってあるだろ。
この祭だって、村長のじいさんのじいさんよりもっと昔から、変わらないで守られてきてるモンだからさ。
オレなんかの為に、どうこうしていい問題じゃねぇんだよな」

夜風が、グレイシルバーの髪先を揺らした。
いつもよりも声が静かな所為か、その横顔が違う人間に見える。

「・・・だから『祭嫌い』、ね」

リウは笑みと困惑の混じった表情で呟くと、ヤンの隣に腰を下ろす。

「それでヤンはさ・・・、さみしくない?」
「そんなこと思ったことねーよ」

その言い方は、強がったものではなくて。
何故だかとても深くて優しい・・・声だと思った。

「別に此処の生まれじゃねーからとか、そんなことで差別されたことはねーし」
「だよね。ここのヒトタチって懐深いよねー。こっちが逆にびっくりするくらい」
「あぁ。すっげーいい人たち」

ヤンはそういって鼻の下を擦って笑った。
その表情に、リウはこの村に来た時のことを思い出した。

そもそもリウがこの村に住み着くようになったのは、行き倒れかけていたところをヤンに拾われたからだった。
普通なら何処の誰かも解らない人間だ、警戒されてそのまま無視されて置き去りにされてもおかしくない。
例え一宿一飯の恩は与えられたとしても、それだけだ。

だが、シトロ村は違った。
まあ本当に、呆気ないほどのお気軽さで、村に世話になることになった。

初めは、何てノンビリ平和ボケした村なんだろうと思ったが・・・『ヤン』という前例があったのだ。

明るくて、真っ直ぐで、村の人たち皆から愛されて。
甘やかされているから。苦労したことが無いから。
そんな理由を勝手につけて、ヤンという人間を決め付けていた。
はっきりいって、村の中で一番苦手なのはヤンだった。

生まれたあそこは、鬱葱とした森の奥。
深い木々に囲まれて、陽の光は木漏れ日しか届かなかったから。
その明るさが眩しすぎたのかもしれない。

しかし、年が近いからと一緒くたに纏められるのが当たり前になって、その印象は変わり始める。
向こう見ずで、お節介な鬱陶しい奴・・・の筈だったのに、一緒にいると異様に居心地がいいのだ。
初めは何故なのか分からなかった。
気のせいかとも思ったくらいだ。

だが彼の生い立ちを聞いて、やっとパズルのピースがはまった。

彼の全ての行動は、自分が受けたものを少しでも返していけたらという気持ちに繋がっていたのだ。

そして、天性の性分というのだろうか。
逃げずにありのままを受け止めて、目を逸らさない強さ。更に時には自分を変えていける柔軟さがヤンにはあった。
だから、拾われたからと自分を卑下したり、貸し借りで物事を計ったり、価値を押し付けたりしないから
その行動が嫌味にも押し付けにもならないのだ。

この祭でもそうだ。
マリカたちのことがあるからこんな所にいるが、ヤンは踊りに加われないということを『仲間はずれだ』とは受け取らずに、村の掟だから『当たり前だ』と思っている。

・・・世の中に甘えているのは、どっちだ?

リウは心の中で降参のポーズを取る。

モノの言い方に紛れて見えにくいけど、何もかもが自然過ぎて分かりにくいけれど
ヤンの方がよっぽど大人だ。

たまに、暴走しても・・・少なくともこの4人の中ではいちばん・・・。

視線の先で、ずっと見られていたことに気付いたヤンが、訝しげにリウを振り返った。

「・・・なんだよ」
「べっつにぃ」

軽く口笛を吹いて、リウは祭の方に目を逸らした。
どうやら、マリカ達の踊りは終わったみたいだ。
今度は今まで踊りを見守っていた人たちが、炎の周りで輪になり踊り始めていた。

「ヤンーーっ!リーーウーー!!」

何処に行ったのか探す間もなく、屋根の下からマリカの声が割り込んできた。
腰を浮かせて覗き込むと、祭事用の衣装のままで仁王立ちするマリカ、そしてその手に食べ物をいっぱいに抱えた
ジェイルがいた。

「やっぱりこんなとこにいた。もう探したんだから。早く降りてきてよねー、わたしお腹ぺっこぺこ」
「あぁ、わかったよ」

ヤンは、リウを追求するのをやめて立ち上がった。
服の埃を払う手と反対の手が差し出される。

リウがいつもどおり、その手を握って立ち上がろうとしたときだった。
・・・ただ立ち上がらせる為には、少し強めの力で腕が引かれた。

「うわっ」

リウの体のバランスが僅かに崩れる。
転ぶほど強い力では無かったが、踏みとどまるために前に一歩踏み出す。
ヤンの体と交差する一瞬。

すっ、耳元を風が通り過ぎて。

「嘘。ほんとはちょっと嬉しかった。・・・ありがとな」

小さく耳打ちされた言葉。

リウは大きく目を瞬き、解かれた手の先を見る。

ひらりと重さを感じさせないしなやかさで、ヤンは地面に降り立つ。

「ほらー、リウも早く来いよー」

呼ぶ声はいつものヤンの表情と声だった・・・けど。

リウは耳元に手を宛てる。

そこはいつもよりも熱を持っていて・・・打ち寄せる波のように
いつまでもその声が聞えるような気がした。


2009.01.25 UP -side.Komame

それは蜜の味にも似て

『ちょっと疲れたから休ませてもらうわ』

ヤン、部屋貸して。

そう言い残して、隊列から離れた。
広間から出たすぐ脇にある階段の壁に凭れかかると、リウは深く息を吐く。

ヤンの頼みだからって、ちょっと頑張りすぎたかもしれない。

完璧に許容量オーバー。
まだ書自体にも慣れてもいないのに、全開で力を使ってしまった所為だ。

体はふらふらだし、頭はがんがんするし。
ちょっと熱っぽいかもしれない。

(体力ないもんなー、ただでさえ)

情けねー、と笑う力も出ない。

壁から体を引き剥がして、どうにか部屋に戻ったが掛布を捲る力も残っていなかった。
重力に任せてそのままベットに倒れこむ。

(こんなに頑張っちゃうなんて、らしくねーの)

リウは掛布に隠れた枕の上で顔だけ横向けると、目を閉じる。

あんなに厄介ごとに巻き込まれるのが嫌で、逃げまくってたのに。
今じゃ率先して入り込んでしまっている。

だけど、それが嫌じゃないのが自分の中で一番不思議だった

一なる王の世界・・・、全てがあらかじめ決められている世界。

・・・・・・実は、自分的にはそんな世界もアリかな、と思っていた。
どんな形であれ、戦いや争いがなくなるというのならば。

けれどそんな世界になったら、ヤンは変わってしまうだろう。
あのまっすぐな目だって、きっと濁ってしまう。

『やってみなくちゃ、わかんねぇだろ』

ヤンの口癖だって、オルゴールのように繰り返されるだけじゃ意味が無い。

あの笑顔だから
声だから。

ずっと聞いていたいと思うのだ。

「あぁ、そっか・・・それでオレ・・・柄も無く頑張っちゃってんだなー・・・」

口端が薄っすらと上がる。
そして呟きは、そのまま寝息に変わった。

ふと、気配に目を開くと、灰銀に蒼を薄っすらと溶かし込んだ色に自分の顔が映っている。

「あ、悪ぃ」

その声に、いつの間にか夢も見ず眠っていたことに気付いた。

額に乗せられた手には光の名残。

「・・・あんま、得意じゃねぇんだけど」

星の印。
癒しの力を使ったんだろう。
さっきまで感じていた頭の重さが、随分と楽になっていた。

「・・・なに?元気ねーじゃん」

まだ覚めきらない表情で口を開いたリウに、ヤンは片目だけで笑うと、額に載せた手を動した。

「レン・リィンに怒られた。リウ・シエンを殺す気ですか、って」

ゆっくりと髪を梳かれる感覚が伝わってくる。

「オレもこうなるって・・・わかってた。けどあそこはリウじゃなきゃできねぇって思ったから。
分かってて無理させた」

こういう時、オパールを思わせる複雑な色合いの銀の瞳は、決して逃げない。

いい訳は決して口にせず、相手の心に全てを委ねる。
それは出会った時から変わらない、ヤン式の責任の取り方。

「けど、これでリウに無理させんの、最後だからさ。これからの戦闘メンバーには・・・」
「やーだよ」

続けようとするヤンに、リウは言葉を被せて止めた。

「ここまで巻き込んどいて、最後はみせてくんねーの?そんなのズルイじゃん。オレも混ぜてよ」

リウはうつ伏せの体勢のまま毛布の淵から手を伸ばすと、ヤンの頬に指で触れる。
そこだけ少し赤みかかっていた。

自分に言ったことと同じことを、レン・リィンに言って・・・引っ叩かれたんだろう。

「無理やりだなんて思ってねーよ。あそこはオレの役目だもん。もしヤンが止めてもさ、譲る気なんてなかったし」

別にヤンを励ますために言ってるわけじゃない。本当のことだ。
他に方法があったのなら、こっちが教えてほしかったくらいだ。
それはレン・リィンだって、分かってたはず。

(だからそんな時くらい、いい訳くらいしてもいいのにさ。)

リウはそう言いたい気持ちを瞬きの奥に押し込めて、ありったけの笑みに変えた。

「まぁ、頑張ったなーって思うならさ、ご褒美ちょーだい」
「ご褒美ぃ?」
「そ、ありがとーのキスとかさー」

その答えに、ヤンの眉根が寄った。

「はぁ?そういうのって、レン・リィンとかマリカの方がいいんじゃねぇか?」
「おっ女の子ってのは賛成だけど、その二人はちょっ、ちょっとなー」

「ふーん。そんなもんか?ま、リウがオレのでいーってんなら、別にいいけどさ」

え!?いいんだ!?
咄嗟に声を上げなかったのは奇跡だ。
しかし今度はリウが困惑に眉を顰める番だった。
元々どんなことにも警戒心が薄いとは思ってたけど、いや注意してた張本人オレだし、思いっきりわかってたけど。
『ばっか言ってんじゃねぇよっ。心配して損したぜ』
でいつものヤンになるって予定で言っただけなのに。いっ、いいんだ!?

頭の中でぐるぐる考えている間に、ヤンは寝ているリウの顔の脇に片手をついている。

してくれ、と言ったのは自分なのに、思わず目を瞑ってしまう。
心臓の音が耳の傍で大きく反響しまくっている。

瞼越しに感じる影が広がって、ヤンの体温が伝わるほどに近くなったを感じる。
喉を鳴らさずに、どうやって息を飲み込もうかとか、どーでもいいようなことで頭の中が一杯だ。
ぎゅっと、毛布の中で手を握り締めた、その時。

「あっ、そうだ」という声と共にヤンが離れたのがわかった。

(流石のヤンもおかしいことに気付いたか)

残念なような良かったような。
複雑な気分を味わいつつ、「じょーだんだって」そう言おうとリウは目を開く。

「!」

そのすぐ先に、離れたはずのヤンの顔。

そして、吐息が重なる。

呆然と開いていた唇の隙間から、トロリと甘い雫が口の中に降りてきて喉に流れた。

(なっなんだこれ!?)

水よりも滑らかな液体は、咳を呼ぶことも無く、喉を静かに流れ落ちていく。
そしてそれを確認したかのようなタイミングで唇を離したヤンは、悪戯っぽく、ニッと笑った。

「ミックスハーブの花蜜シロップ漬け。ただのキスじゃ面白くねーし。MPの回復効果つき」

ヤンは至近距離でそう言い残すと、残りの琥珀色の液体が入った瓶を、コツンとサイドボードに置いて立ち上がる。

「さっきのじゃ、足りねーだろうから置いとくな。じゃ、オレ医務室いってくる。ソフィアに話、聞いてこねーと」

じゃあなっ。
ひらり、と手を振って、すたすたと出て行くヤンを、りウは半ば唖然と見送る。

足音が遠ざかる音に比例して、リウの色素の薄い肌が真っ赤に変わっていく。

いや、仄かな期待とか、抱いてはいけないとか解っている。
天然だってことも、じゅーぶん知っている。
ヤンは言葉通り、「MP回復のオマケ」を付けてくれただけなのだ。

けど。
だけど。

「もーーー計算なしの天然って、これだからいやなんだよーーーーー」

半泣きになりながらリウは天井に向かって叫ぶと、ばっさりと毛布を被った。



2009.01.20 UP -side.Komame

たとえなんと言われようとリウ主だと…主張しよう。と、いう共通の想いができあがりました…。
あと、これ絶対ディルクみてるよねーとか。色々。

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