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目に見えるものだけが全てとは限らない

  • 2009/09/09

「一体どういうつもりなのですか」

出て行くリウの背中を見つめていたヤンの視線が、声の主に戻る。

声の主、それはキツイ眼差しでヤンを見据えているレン・リィンだった。
両手で握り締めた杖が、小刻みに震えている。

「リウ・シエン・・・いえ長の線刻の力を解放させるなんて!書の力を引き出すということは、
持つ者の命を削るということです。貴方は見たはず・・・わかっていた筈です!!」

ヤンは、視線だけではなく体ごとレン・リィンに向きなおった。
そしてひとつ、呼吸するように瞬きをする。

「あぁ、わかってた」

その銀の瞳に静けさが満ちていく。

「また、リウに無理させちまうなって。けどリウしかできねぇって思ったから、
わかってて、無理させた」

パンッ
乾いた音が広間に響いた。

「おっおい」

広間に残っていたロベルトが体を浮かせるが、その体をマリカが手で遮って止める。
振り返るロベルトに向かって、マリカは軽く首を振った。

当のヤンは、張られた頬に触れることもせず、射るような眼差しを受け止めていた。

「貴方はリウ・シエンをも殺す気ですか!?」

じわり、と頬を打ったレン・リィンの目尻には涙が浮かんでいる。

「リウ・シエンは万能だとでも!?貴方はラオ・クアン様だけでなくリウ・シエンまで」
「やめないか。レン・リィン」

ルオ・タウが再び振り上げられようとした手を掴んで止めた。

「あの場面では仕方のないことだ」
「けどっ」
「きっと彼が言わなくても、リウ・シエンは同じ行動を取っていたはずだ。違うか?」
「・・・」

更に言い募ろうとした唇は、その言葉を紡ぎかけて止まる。

「知っているだろう?レン・リィン、君ならば」

重ねられた言葉に、翡翠の傍で滲んでいた涙が雫となり頬を伝った。
レン・リィンはその表情を隠すように俯くと、振り払うようにヤンに背を向け、そのまま広間から外へ
走り去ってしまった。

ルオ・タウはその後姿を見送らずに、今度はヤンを視線だけで眺め下ろした。

「私たちが全身に刺青を施す、その"本来"の意味をご存知か?」

抑揚の無い声は、いつもより・・・いや明らかに冷たく、広間に響く。

「この刺青は書を受け継いだ長を守るため・・・誰が継承しているのか、外部の人間に解らないようにする為だ。
いざとなれば皆がその身代わりとなる。長になった瞬間から、その体はひとりだけのものではない。
この団にとっての貴方と同じということだ。その事だけは覚えておいてくれ」

それだけ言い残すと、ルオ・タウも踵を返し広間を出ていった。

「平気か」

しん、とした広間で最初に口を開いたのは、ジェイルだった。
手の甲をヤンの頬に当てる。

「熱を持ってるな。冷やすか」
「ん。いや、いい」

ヤンはジェイルの手から離れると、さんきゅーな、と小さく笑う。
すると、今までマリカに止められ口をつぐんでいたロベルトが、その間に割り込むようにして立ちふさがった。

「おいっお前っ!なんで何も言わなかったんだ!?」

ロベルトは戦闘メンバーとしてあの場にいた。
間近で見ていたから断言できる。
あの男が言った通り、あそこで最悪の事態にならず事を収めることができたのは、スクライブの持つ線刻の書だけだ。
誰が指揮官であっても、使うよう指示するはず。
逆に私情のために躊躇っていたならば、今頃自分達だけではない・・・どれだけの人々が犠牲となったのか
考えるだけでも寒気がする。そんな指揮官なら初めから必要ない。

怒り心頭、頭から湯気がでるんじゃないか、という様子のロベルトに、ヤンは頭をかいた。

「レン・リィンやルオ・タウが怒んのふつーだろ。リウはアイツらの長なんだし」
「じゃあ、あの男が何も言わなくても、そのまま黙って聞いてやるつもりだったっていうのか!?」
「オレがやったことだしな。あったりまえだろ?」

ヤンはそういうと、広間の向こう・・・自分の部屋がある方に目を向ける。

「どんだけ真っ当な理由っての重ねたって、リウを危険な目に会わせたって事実は変わんねぇし。
それにもし、オレがレン・リィンの立場なら・・・・・・同じこと言ってんじゃねぇかな」

遠くを見るように眼差しを細めていたヤンの、雰囲気が不意に変わる。

「・・・・・正しいことってさ、一体どんな形・・・してんだろーな」

ロベルトはゆっくりと、目を見張った。
そこにいる人間が、別人のように見えたからだ。

まるでそこにいる事自体が幻のような・・・。
しかし、その『幻』は、戻った表情と共に一瞬で消える。

「ま、心配してくれて、ありがとな」

鼻の下を擦りながら笑うヤンに、ロベルトは一瞬遅れて駆け上がった体温そのままに声を上げる。

「だっ、誰がお前の心配なんてするかっ!!」
「そうなのか?」
「あたりまえだっっ」

そんな二人のやり取りを、一歩引いて眺めるジェイルの隣に、マリカが歩み寄った。

「よく、がまんしたわね、ジェイル。ロベルトさんの声で我に返ったでしょ」
「・・・マリカもな」
「何回見ても慣れないのよねー。確かに言い訳すんの良くないって思うけど、ヤンの場合はちょっと違うから」

マリカは苦笑気味に微笑むと、そのまま眩しそうに二人の姿を見つめる。

「あんな風に、本当のヤンに・・・気づくひと。増えたらいーのにね」
「あぁ」

腕を組んだジェイルも口許に笑みを浮かべると、ひとつ頷いた。



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