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『過ぎ去りし永遠の日々』

  • 2006/01/02


第2章-第4話 過ぎ去りし永遠の日々



「珍しいな」
こんな時間にお前さんが来るなんて。
茶化すように声をかけると、真夜中の訪問者は黙って手にしたボトルを上げてみせた。
「せっかくの土産はいらないようだな」
薄く紅をさしたような口の端を上げてやり返され、セッツァーはやれやれと肩をすくめ。部屋に設置された棚から上等のグラスをとりだす。
「で、どうしたんだ?」
良い音を立て、ボトルの蓋が開く。
黙ってボトルを向ける相手に、自分用のグラスを差し出しながらセッツァーはわずかに身を乗り出した。
普段と変わらぬ色合いの瞳にわずかに垣間見れる輝き、何かを始める前の静かな色。それをセッツァーは見逃さなかった。
「ファルコンのエンジンをいじった」
長い沈黙の後、窓から覗く月光にグラスを掲げダリルは目を細める。


「明日…飛行テストを実行する予定だ」


最速の飛空挺ファルコン。
その揺るぎない賛辞を受けながら…まだ彼女は速さにこだわり飛空挺の改造を続けていた。
そんな彼女にとってテストも別に珍しい事ではなく。
…だが、滅多にない歯切れの悪い言葉に夕暮れ色に染まった瞳を向ける。
「今度のテストは…危険だ」
帰って来れないかもしれない。
「縁起でもねえな」
続く弱気な発言にセッツァーは聞きたくも無いとばかりに鼻をならしてみせ、そんな反応にダリルは笑ってみせた。
帝国に滅ぼされた町に乗り込んでから…もう一年はたつだろうか…その間にセッツァーがダリルの過去を聞きだした事はなかった。


何故…?


そう問うことは簡単であろうに、あえてしなかった事を考えると。飛空挺を駆る自分だけを見てくれるのだろう。
ダリルは自分の考えに小さく微笑む。たとえ無意識に避けてるいるのだとしても…それはそれで良い。
そう思う自分が妙におかしかったのだ。
この夕暮れ時の瞳の青年にここまで心を許しているのかと。
「そうだな。縁起でも無い話だ」
だが。と、彼女は続ける。
「それぐらい危険なんだよ今回は…」
掲げるように両手に持った琥珀の輝き。
ゆらりゆらりと誘うように変化する色は空から見下ろす金の野原にも似て…ダリルは気に入っていた。
「だからと言って挑戦することをやめる事は出来ないしな…ただのわがままさ」
でも私らしいだろう?
にやり…と口の端を上げてみせる相手に、セッツァーは無言でグラスに酒をつぎたす。
確かに今までの経験上ダリルが誰かの忠告を聞いた事など無く。むしろ辞めろと言えば嬉々としてやりかねない。
そんな相手の性格を考えれば、確かに止める方が無駄に違いなかった。
「本当に…お前を止められるヤツなんぞいないな」
ため息にのせた苦笑に、ダリルが「おや?」と目を細めるのを見て…セッツァーは訝しげに視線をめぐらす。




「知らなかったのか?」
「何をだ」


心底びっくりしたとでも言わんばかりの声音に、セッツァーはむっとしながら問い返す。
その言葉に見る間にダリルの顔が楽しそうにゆがめられて行くのを見て、セッツァーはしまったと思った。
こんな時の相手は非常に性格が悪い。
それも経験上嫌と言うほど知っていたからだ。
「まあ良い。これをやろう」
不機嫌とそれ以上に墓穴を掘ってしまった事を隠し切れない相手にダリルは、意地の悪い笑みを浮かべて小さな箱を手渡す。
「何だ…」
思わず素直に受け取ってしまった箱をいぶかしげに見つめる。
そんな反応すら今は可笑しくてダリルは喉の奥で笑いを堪えながら相手の反応を見守る。
「やるよ」
セッツァーは未だ笑みを消さない目の前の相手に、じとりと視線を送ってから。手のひらに収まる程度の小箱を開ける。
小さな…けれど上質だと解る青い宝石。
繊細な飾りを施された金の細工の留め金が、月の光をはじき星のような光を放つ。
小箱に収められていたモノは女物の耳飾りだった。


「……これをどうしろと?」
たっぷりと時間をかけて考えてから、鋭い視線をセッツァーはダリルに向ける。
賭博場を網羅し、知名度を上げるうちに磨きがかかった刺すような視線にも全く動じることも無く。
むしろ楽しそうにしてダリルは答える。
「お前の事だ。
好きな相手が出来ても気の利いたモンは何もやらんだろう?」
もし死んだりしたらそれだけが心残りでな。
さも楽しそうに告げられて、セッツァーはがくりと肩を落とした。
「冗談にも程がある」
言い寄る女は星の数ほどいるが、それは皆セッツァーの持つ名声と金に言い寄る者ばかりで…そんな関係を楽しむ事は有っても。ダリルの言う様に誰か…などとは考えた事は無かった。
そんな特別な異性といえば…。
あえて言うのなら…そう目の前で自分を困惑させて楽しんでいる…ダリルだけだ。そうセッツァーは思う。
「冗談じゃないさ」
途中から色合いを変えた視線に気づいているだろうに、それには触れずダリルは笑みを消した瞳で先を続ける。セッツァーが自分に抱いている感情。それは無意識につのる羨望や…憧れと言う名前を持つもの。
そう解って居たから。




「何時かお前にも解るよ」




誰か大切な人が居るという事。
その相手が居るから…無謀な事も意味があるのだと。
意味の無い…そんな人生を送って欲しくないから。いつのまにか弟のように思えてならない目の前の青年に、ダリルは謎をかけるように言い聞かせる。
押し黙ってしまったセッツァーに…ダリルは、セッツァーが考え込んでいなければ気付くであろうタチの悪い笑みを浮かべた。
その言葉を聞いた時の相手の反応を見たくて。
引き伸ばしておいたのだ。
だから…。
「実際私もそうだしなあ」
殊更意識して…さらりとそう言いのける。


「何だと〜っ」


その瞬間目を剥いて叫ぶセッツァーにダリルはしてやったりとばかりに高らかに笑い出した。
明けていく空に…響き渡る軽やかな笑い声。
そして送り出したダリルは…。
鮮やかな赤の炎をセッツァーの胸に焼き付けたまま。







予告通り二度と帰ってくる事は無かった。



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