序章 邂逅

 

 

部屋の主の趣味に調えられたソファーに向かい合わせに座る男と少女がいた。銀の髪に紫の瞳の男の話を緑の巻き毛の少女は飽きることなく聞いている。
今までの話が聞きたいのだ…と、少女が言ったのはいつだったか。彼以外の仲間にもそう言って話を聞いていたのは知っていたから、少女がそういい出したのは何故かも別段気にすることもなかった。
その日から男は苦笑しながら、幾度も彼の部屋に来る少女に付き合い…何時の間にかソレは当たり前の時間になっていた。
最初は気まぐれ封じら…でも今は違う。その身に持つ『魔導』という力の所為で感情を消され、道具として使われていたと言う少女…。

それ故に彼女の感情に乏しい瞳が、時々興味深そうに煌くのが見たい…。
男がそう思ったからかもしれない。
「どうして飛空艇に乗る事になったの?」
今日も少女は淡い水色の瞳をわずかに輝かせながら男に問う。辺りは夜の静寂が流れ…
部屋の中には少女の静かな声が響いた。
「空の上から世界を見てみたかったのさ」
何を今更と言わんばかりに、男は大仰に肩をすがめてみせた。何も変わらない、何時も通りの仕草。
しかし少女も知っていた。
彼の愛する飛空挺…その話題になったときだけ、男の瞳が少年のように煌く事を。

「それだけ?」

何時からか解らないがそれに気付いた時から、彼女はそんな彼の瞳を見るのが好きになった。多分誰も気付いていない、その事実を知っているのが自分だけ…その現実が嬉しくて、その瞳をもっとみていたくて…。
だから、その少女の問いに特に深い意味はなかったのだ。
「勝ちたいと思っていた奴もいたな」
だが男の動きは一瞬止まり…今までとは違った重い声が、辺りに響く。
「勝ちたい…人?」
解らないという様に首を傾げると、男は目の前の少女から窓の外に広がる星空へと視線をそらす。
少女は黙ってしまった男が再び口を開くのを、静かに待っていた。
「そいつに俺が初めて会ったのは…ひどく昔の事」
どれくらいたっただろうか…男は遠くを見つめたまま話始める。
「ブラックジャックを完成させ、大陸を越えた先の街にいた時だった。
飛空艇を完成させたのは自分だけだ…と、有頂天になっていた俺をどんぞこの気分に叩き落した存在。
とにかく初対面の印象は最悪だった」

「……貴方は、その人が嫌いだったの?」

その話題になった時、机の上で組まれた男の指に一瞬力がこめられたのに気付き、少女は問う。どんな時でも余裕と自信を失わない目の前の男…彼でも何か動揺する事が有ったのだろうか?
それが不思議でならなかった。

「嫌い…か。そうだな嫌いだったかも知れない」

「最初…は。な」
一瞬の動揺を覆い隠してゆるゆると振り返り、口の端に僅かな笑みを浮かべ少女をみつめ返す。
自分をみつめるのは疑う事を知らない無垢の瞳…それは時に隠してきた全てを暴く凶器になる。
それでも男は言葉を綴る。誰かに言ってしまいたかったのかもしれない…もしくは相手が彼女だからこそ話す気になったのか。
「そのくせ何時の間にか同じ夢を語り合う親友になっていた」
遠い昔に思いを馳せるように目を閉じる。
彼がその相手を思い出す時のイメージは鮮烈な金。もしくは何もかも焼き尽くしそうな炎のような赤。

「長い金の髪を風になびかせ、荒くれ共を制し、最速の飛空挺『ファルコン』を駆る存在。
 そいつの名はダリル」
少なくとも森の中から抜けてきたような穏やかな、でも激しさも秘めた目の前の少女。
彼女とは全く違うイメージだった…男は心の中でふと思う。
「ダリル……この船の持ち主…だった。という人??」
知らない…見たことも無い表情。良く知っている相手が見知らぬ相手の様に見えて…少女の。…ティナの声は僅かに硬くなる。
何故そんな風に感じるかも解らなかったが、何か心がざわざわするような嫌な気がした。

「そうだ…『ダリル』…それが世界最速と呼ばれた女の名前」

そんな少女の様子に気付かず、男…セッツァー・ギャッビアー二は昔に思いを馳せ話を始めた。
彼が大空に飛び立った、その時の事を。