第3話 知られざる真実.2

 



炎とは違う赤。





突然瓦礫の中からあらわれた人影にセッツァーは帝国兵か?と、一瞬身構える。
だがそれが長い女の髪だと気づいて気緩めた瞬間に、同じく身構えていたダリルが何かを叫びながら走りだした。
「一体何が有った!」
火や煙にやられたのだろうか。崩れ落ちる体を抱き寄せながらダリルは女に問い詰める。乱れた髪に隠されて彼の位置からその女の表情は読み取れなかった。
ただ…拒むような気配がするのみ。
「他に生き残った者は?」
拒絶の態度すら気にかけず。さらに問われた女は、掴まれた手を弾くように押し返し。
「居るよ。数えるほどだろうけどね…」
ざまあないよ。
まるで自分をあざけるように嘲笑う。
その声に、かきあげられた赤の下から現れた顔にセッツァーは驚きながらも二人のそばに駆け寄った。







「アンタは…」
かつて酒場で出会った赤毛の女。
何故ここに居る?
声音に隠れたセッツァーの驚きに、女はついと視線をやると笑ってみせた。
彼にダリルの情報を教えた時に見せたモノと変わらない笑顔で、セッツァーは背筋に寒いモノが駆け上がるのを感じた。
「奇遇なトコで会うね」
炎と崩壊した町の中で交わされてるとは思えない静かな声音。
「それは俺のセリフだ…」
内心の動揺を隠し、彼はわずかに顔をすがめる。
「一体何が有った?あんたは…」
何でここに居るんだ?
言外に隠された問いかけを読み取り。彼女はうっすらと笑みを浮かべてみせる。目の前の青年の驚きが…可笑しくてしょうがなかったのだ。
「帝国の逆恨みさ」
喉の奥でもれる笑いをこらえるようにし、崩れ落ちそうな体をダリルに縋りつくようにして支えながら女は続ける。
こんな状況に置かれているというのに彼女の声音は苛立ちも何も感じさせなかった。
「自分たちだけのものに出来なかった腹いせに、
この町を…私たちを皆殺しってね」
脅されて…散々利用されて…最後はコレさ。
凄惨な笑み。
けれど言葉の弱気さと裏腹の、決意を込めた光を失わない瞳はまっすぐと目の前に立つセッツァーとダリル、二人に向けられていた。


「戻るぞ」


咳き込みながらもなお言葉を続けようとする相手の言葉をダリルが短くさえぎる。
突き放すように冷たい声音。
力の抜けた細い肢体を軽々と支え、有無を言わせず歩を進める横顔は…何の感情も伺わせず…。
「おい…ダリ…」
「離せっ!」
かける言葉すらみつからず。横たわる沈黙に耐えかねてセッツァーが手を伸ばした瞬間。それまで力なく抱えられていた女が自分をささえるダリルの手を弾き飛ばした。



「私たちが何をした?」



傾いでいく体を支えようとセッツァーが伸ばした手を冷笑ではねのけ、今までの静けさすら嘘のような勢いで彼女は叫ぶ。
「たまたま…この町に住んで!
この町は飛空挺を作る技術を持っていた!
それだけじゃないか」
回りの炎の照り返しではなく…ゆらり…と瞳に炎が見えるようだと…セッツァーはぼんやりと思う。
その横でダリルはただ無言で佇むだけだった。
「あの人が何をしたというの!
少しばかりの娯楽で…あの設計図を巻き上げられてっ」
馬鹿みたいじゃないか。
天を仰ぐようにしたその瞳から大粒の涙が溢れる。
「その所為で死んだわ…」
帰ってきた時にはもう誰だか解らないほどになって。
涙がこぼれ、頬をつたう。それすら気にせず女はセッツァーに視線を合わせる。




「あんなに…優しい人だったのに」


周りの炎の熱すら勝てないほどの強い炎のようだ。と、彼は思う。
目をそらしてしまいたかった。
でもそれすら出来ない…目をそらせば自分は逃げる事になるのだから。
受け止めなければならい自分がこれからも飛空挺に載る為に。
知らずのうちに自分が奪ったモノの大きさに、奪われた相手の炎の眼差しに…セッツァーは己の体が震えているのを感じながらそう…自分に言い聞かせる。




「何時か仇を討つまで…
それまでは死ねないと言い聞かせて!」


止めることすら出来なくなったのだろう。
続けられる独白は自責の念と苦渋に満ちていて…聞くほうにすら苦痛を感じさせる程の響きを持っていた。


「でもいざ会ったらそんな事できなかったのよ!
どうして…アンタ達があの人と同じ目をしてるのっ!」


そうでなけりゃ殺せたのに!
そこまでが限界だったのだろう。
乱れた髪を振り乱し、女は泣き崩れた。嗚咽に混ざる言葉は意味をなさなかった。






随分と長い時間に感じられたが、実際はどれほどたったのだろうか…。
それまで何を言うでなく佇んでいたダリルが、ゆっくりと近寄る。


「生きてみせればいいさ」


小さくささやくように、けれどはっきりと呟かれた言葉に女は泣き塗れた眼差しをダリルに向ける。
落ち窪んだ瞳は…かけられた言葉を理解しようと揺れる。




「帝国にとっては痛くも痒くもない生き残り。
たとえそうでも…そんな人間がどんどん増えていけば、その思いを忘れなければ」
呆然と見つめ返す彼女の、煤けた頬を流れる雫を手で拭いてやりながら…ダリルは言葉を紡ぐ。


「きっと…」


その声音はまるで自分に言い聞かせるかのようでも有り。
小さくなっていく言葉の先はセッツァーの耳には届くことは無かった。
ただ、その言葉の後に黙ってダリルの胸に泣きついた女の、小さくの揺れる肩をみつめながら。
彼はそれでいいのだろうと…目を細める。
力の及ばない世界と言うものは…きっと何処にでも有る。
ダリルの過去も女の過去も…自分にはどうでも良い事には違いない。
ただ…解るのは知らずとも行って来た罪を知ってしまった以上…自分は飛ばなければならないのだと。









誰もが自由の象徴だと…憧れてやまないこの空を。