第1話 砂漠に吹く風

 

 

「何をやっている…」



呆れた声が後ろから響く。
その声に彼はイタズラが見つかった子供の様に肩をすくめた。
目の前に有るのは重い輝きを放つ鋼鉄の扉。軽量化された船体には見合わないほどの厚みの…その先にはこの船のエンジンルーム…ファルコンの全てが有る。
「……まったく。油断も隙も無いな…」
しかも懲りていないときたものだ。
きっと少し眉をあげて…呟かれる。この声を聞くのも何度目だろうか。
この部屋を訪れる度に先に進もうと試みて、そのたびに阻止される。いつしかそれは楽しみになった。
まるでゲームのようなスリル。
「今日こそ酔いつぶれててくれてるもんだと思ってたんだがな」
音も無く背後に近寄る相手の凄さに関心しつつ。また先に進めなかった事に多少の悔しさを感じながら、彼…セッツァーは両手を上に上げてみせた。
「私があの程度で酔いつぶれると?」
長い巻き毛を後ろで束ねただけの、その女はわずかに眇めた目をセッツァーに向け、何も無かったかのようにソファーに取って返す。
「お前は隙だらけだからな」
どさり、と音を立ててソファーに沈み込みながら、喉の奥で紡がれる笑い。
「これでも賭博場では負けなしなんだがなあ…」
何で勝てないのか。
かすかに漏らされた、弱音に僅かに口元を緩めて答え…更に言葉を続けようとしたその時。
「ダリル様大変だ!!!!」
バタバタと音を立てて走る音と共に、ドアが盛大に開かれた。
「例の…町がっ…」
喉をゼイゼイと切らしながら、必死の形相で搾り出された声。
その相手の形相に、ダリルは鋭い視線を送る。
「何が有った?」
「ま・町が燃えてる。奴ら町の人間全員を殺すつもりだ!!!」
どうしたら。
床にこぶしを叩きつけながら叫ぶ相手に、ダリルの顔から余裕の表情が消えるのをセッツァーは見た。


「ダ・・・」


「全員たたき起こせ!!!直ぐに出発だ」
私も直ぐにデッキに行く。
搾り出すような声音。その声音とは裏腹に燃える緑の瞳。
(こいつは誰だ?)
何時もとは違う…見たことの無い相手の表情にセッツァーは背筋をぞわりと駆け上がるものを感じた。
「全速力で行くぞ!!エンジンが焼き切れないように気をつけろ!!」
「はい!!!!」
叫ぶダリルの黄金色の髪が翻る。
その声に、床に座り込んでいたその男は弾かれたように飛び起きると走り出した。





「帝国め…」





まっすぐ前に向けられた瞳は…強い光を宿し、風が…吹く。
砂漠の乾いた砂を巻き上げて…。
その姿をセッツァーは呆然と見つめる事しかできなかった。