第2話 知られざる秘密

 

 

町に近づくにつれ漂う匂いが…空気が変わる。
焦げたような喉を刺す異臭と錆びた鉄のような匂い…むせ返るようなソレは、視界の端に映り始めた赤い色と合わせ。その先に有る惨状を十分にに予想させるものだった。
「くそっ…着地できる場所を見つけろ!」
一人でも多く生存者を探すんだ。
ダリルの声にファルコンは崩れ落ちた家の間をかいくぐる様に進む。
舐めるように建物の表面をはいあがる赤い炎。
やっと見つけた瓦礫の山と化した広場に着地したファルコンから見える僅かな空間にすら、無数に転がる動かない塊…その周りに広がるどす黒い染み。
眼前に広がる町の姿はは…まさしく地獄絵図のようだった。


「酷え…」
上空を飛んでいた時など比較にならないほど、充満する血の匂い。こみ上げる吐き気に耐えながら、セッツァーは唸るように呟いた。
甲板からも同様に、絶望に彩られた声があちこちからあがる。
こんな状態の場所に生存者が居るのか…。
着地できる場所を探し舞い上がる飛空挺から広がる町の姿に船員たちは諦めの声をもらしだす。
「諦めるな!」
全てを吹き飛ばすかのように発せられた叱咤の声に、慌てて船員たちは動き出す。
帝国兵がいつ何時襲って来るか解らない状態では、いつ自分がその塊になるか解らない。一瞬の困惑を見せたとはいえど、飛び出していく彼らの姿をセッツァーは一人呆然と見ていた。
ただ速さを求めて空を飛ぶ。
それだけの飛空挺乗りが、わざわざ帝国を相手にこんな危険をおかす訳が無い。
敵に回すには…力をつけてきた帝国は、ソレほど強大すぎる相手なのだ…。
じっと身を潜め。関わらない方が特な事に変わりは無い。
『ダリルは帝国に目を付けられてるからね』
微笑みながら告げた赤毛の女の言葉を思い出し…今更ながらにセッツァーは自分が彼らについて何も知らない事を思い知った。
「セッツァー!」
立ち尽くす自分に向けられた呼びかけ。
「ぼけっとするな…死にたくなければ手伝え」
振り返った先に有る緑の双眸に気圧されて、彼はただ従うようにダリルとともに町に駆け出した。
「ここもダメか」
炎から逃れた民家や逃げられそうな場所を探しては…慣れた足取りで瓦礫の中を足早に駆け抜ける。
見せ付けられる現実に、淡々とした口調と冷静な動きで、先刻垣間見せた激情が嘘のように町を走り回る姿をセッツァーはただ見ていた。
ただ舞い散る火の粉の照りかえしを受け。変わらず輝く翡翠が、内に秘めた激情を表していて。
そこに有る殺気の深さに…強さににぞくり…と背筋を駆け上がる震えが湧き上がるのを感じた。


そして生まれる疑念…。


「まだ…まだ諦めてたまるものか」
一体どんな恨みが有ると言うのか。
燃えた木がはぜる音にまぎれて聞えた呟き。
憧れてやまないファルコンを駆る相手の、空をかける理由すらくつがえしてしまいそうで…。
導き出した可能性にセッツァーは人知れず息を呑んだ。

聞いてはならない。
何処かで警告の鐘が鳴る…それでも彼は、声をかけずにはいられなかった。



「ダ…」
煙の所為だけでなく、喉が張り付くように痛い。
掠れた音しか出せ己の喉に苛立ちを見せながら、セッツァーが更に先を紡ごうとした時。
隣でダリルが息を飲むのを感じ、ついで彼も視線をめぐらせる。
『敵か?』
緊迫した空気が流れる中。二人の眼差しが向けられた先の瓦礫がガラリ音を立てて崩れて…。
辺りを舐める炎とは異なる赤い色彩があらわれる…。